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2024.07.17 13:30

ミッションは健康寿命10年延長。レトロが描く「不老長寿」への道筋

ジョー・ベッツ・ラクロワ|レトロ・バイオサイエンス共同創業者

1900年代から行われてきた老化の研究。今、その研究成果をもとにスタートアップ企業や世界の富豪たちが「不老長寿」を実現しようとしている。生涯健康。そんな人類の夢が叶う日はやってくるのか。


日本国内で100歳以上の人口は約9万2000人。53年連続で増えている。長生きは喜ばしいことだが、欲を言えば、病気に苦しまず健康なまま寿命を全うできたら理想的だ。その望みは、世界の富豪によって、まもなくかなえられるようになるかもしれない。

米アマゾン創業者ジェフ・ベゾスやペイパル共同創業者のピーター・ティールは、老化関連疾患の治療薬を開発するスタートアップ「ユニティ・バイオテクノロジー」に個人で出資しているほか、グーグル共同創業者のラリー・ペイジは、老化の研究所「カリコ」を2013年に立ち上げている。米国の国立老化研究所は予算を右肩上がりに増やしており、23年は6000億円にも上る。さらには「Longevity Fund」という不老長寿の実現を目指す新興企業に投資を行うファンドも生まれているほどだ。

不老長寿というと、不老不死を想起する人もいるかもしれないが、それとは異なる。目的は健康寿命を延ばすことにある。特に高齢化が進む先進国では、糖尿病や脳卒中など、老化が関連する疾患によって医療費の膨張が起きている。老化を防げば病気にかかるリスクも減るというのが不老長寿の考え方だ。不老長寿の治療法確立を目指す米レトロ・バイオサイエンスCEOのジョー・ベッツ=ラクロワはこう話す。「老化防止の分野に携わるなかで一貫している信念は『本当に効果のあるものでなければ意味がない』ということ。金儲けのために何かの植物エキスを売りつけるなど、何百年もの間、インチキなものを売ろうとする人は後を絶たなかった」

ベッツ=ラクロワがこのテーマに関心をもったのは、高校卒業後に訪れた中国・チベットで目にした、死者を埋葬する際の儀式がきっかけだ。人が死ぬと、町はずれの山にある岩の上に遺体を運び、切り刻む。そして鳥の群れが舞い降り、肉片をつまんで持ち去っていく。いわゆる「鳥葬」である。

「これを見たときは死について考えさせられ心が震えました」。ベッツ=ラクロワはこの体験をもとに小論文を書くとハーバード大学に合格。環境地球科学の学士号を取得する一方、カリフォルニア工科大学では生物物理学の研究を行った。その後、小型パソコンメーカーの共同設立をはじめ、スタートアップに関わるようになったが、いずれも失敗。そうしたなか、彼はある論文に出合う。老化細胞の除去によりマウスの寿命が延びる──。この実験結果に目をつけ、2021年にレトロ・バイオサイエンスを創業した。

「人間の健康寿命を10年延ばす」ことをミッションに掲げる同社は、科学にもとづいた3つのアプローチで不老長寿を実現しようとしている。オートファジー(傷ついた細胞の除去)、血漿(タンパク質、ブドウ糖など血球以外の血液成分)の若返り、細胞の部分的初期化である。

「仮にインフルエンザにかかった場合、40歳であれば回復するのに90歳では生死にかかわります。なぜなら加齢によって免疫システムが働かなくなっているからです。不老長寿の技術は、老化に関連した複数の病気の予防や治療を可能にします」。研究室に置かれたDNA解析機は、マウスやガン患者から採取した細胞を解析し、細胞組織の硬さやゴミの蓄積、信号の伝達速度を測定する。難題はデータ処理だ。1週間分で半年という膨大な時間を要するため同社にはデータ解析スタッフが多数在籍。「これでもかというほどエビデンスや科学的裏付けとなる実験や確率値を重視している」。これが基本姿勢だ。
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文=露原直人

この記事は 「Forbes JAPAN 2024年7月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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