いまから2カ月ほど前には、運河地区に限らずチャシウヤール全体で守備隊が弱体化していた。たとえば防空部隊もミサイルが枯渇していたため、ロシア空軍のSu-25攻撃機が市からわずか数km以内を飛行し、ロケット弾などを発射することを許していた。数カ月前なら、それはロシア空軍のパイロットにとって自殺も同然の行動だっただろう。また、上空にはロシア側のFPV(一人称視点)ドローンもうじゃうじゃいた。
4月に攻撃を始めてから最初の数週間で、ロシア軍の第1軍団と近傍の部隊はチャシウヤールの北と南でそれぞれ数km前進し、クリシチーウカとその近くのイワニウシケ村を制圧した。イワニウシケの制圧に際しては、FPVドローンの大群でウクライナ軍の1個中隊を攻撃し、兵士70人のうち8割を死傷させる大損害を与えている。
だが、その後状況は一変した。4月下旬、ロシアを利していた共和党議員たちはようやく折れ、610億ドル(約9兆7000億円)規模のウクライナ向け追加支援を盛り込んだ法案が可決された。24日にジョー・バイデン米大統領の署名を経て成立し、数日のうちに米国から大量の武器弾薬がウクライナに送られた。
一方のロシアは、みずからの過ちで状況をさらに悪化させた。ロシア軍は東部の兵力を増強するのではなく、5月9日、新たな攻勢をウクライナ北東部で始めた。この日は第二次世界大戦でソ連がナチ・ドイツに勝利したことを記念するロシアの戦勝記念日であり、それに合わせて始められた越境攻撃には象徴的な意味もあったのかもしれない。
いずれにせよ、この正面の攻撃のために編成されたロシア軍の北部集団軍はその後、増援に送られたウクライナ軍の機械化旅団の壁にぶつかることになった。以来、ロシア軍の歩兵は北東部の戦場で「死の罠」にはまっている。