夢の共有は共感的つながりを築く
討論者(夢の話を聞いて議論に加わる人)たちは、夢の共有者に対して著しい共感度の高まりを示した。これは、当初の共感度が低かった討論者では特に顕著だった。しかし、共感の高まりは各セッションで一貫してはいなかった。これは、共感度の変化する程度が夢の内容と対話の質によって変わることを示唆している。さらに、共感度の高まりと、夢や討論時間の長さとの間に相関はなく、没頭の質が量よりも重要であることを強調した。
他人に自分の夢を解釈させることは安全か?
これは繊細な問題だ。一方で、夢の共有は知っている者同士の関係を改善するように思える。しかし、見知らぬ人とやりとりすることには不確実性がある。自分がポジティブだと考えている夢をネガティブに解釈されたらどうするか? そのような解釈の違いは、対人関係を損なう恐れがある。夢について話したり聞いたりするプロセスは、見知らぬ人同士が互いの理解を深めることにつながる。たしかに夢は独特の視点を提供するかもしれないが、私たちが何をどのように夢見るかを解明するためには専門家の力が必要かもしれない。
メンタルヘルスの専門家は、夢を見ることや夢を解釈することの芸術と科学について、指導し教育する役割を担うことができる。それは、問題解決のために必要な鍵になるかもしれない。
レインは次のように説明する、「私たちの基本的な考えは、夢を解釈して人々をつなぐことだけではありません。 私たちは夢に関する事実情報をユーザーに教えることにも注力しています。夢の共有を、科学者、精神科医、心理学者などの専門家が見守る中で行うことが重要なのはそれが理由です。教育ハブ(education hub)には、夢を見る人なら誰でも来ることができ、参加理由は夢を思い出す手助けが欲しいからであっても、明快な夢を見たいからであっても、ドリームヨガを試したいからであっても構いません」
夢という個人的な物語を共有し、解釈することは共感と理解を育むだけでなく、友人や知人さらには他人との絆をも深める。自分の夢を打ち明けることは、それが世界とつながったアプリを通じてであれ、所属する社会集団の中であれ、個人の精神を追及するためだけに行われるのではない。より共感できる団結した社会を作るためだ。この共有の旅は、私たちの人間関係を深めるだけでなく、私たち全員を人間としての集団体験に近づける可能性をもっている。
(forbes.com 原文)