かつての英雄に浴びせられる非難
しかし、すでに過激となるだろう選挙の前哨戦に疲れ切った国民の間では、「あれはもっとうまくやれるはずだった」という非難はフェアでないという見方が多い。あの新型コロナウイルスの上陸時、医療崩壊寸前までいった事態のなかで、崩壊させずにワクチン開発までの時間を稼いだロックダウンは、やむを得なかったという意識がアメリカでは定着している。
また、ワクチンの健康被害を訴える人がいる一方で、多くの国民は複数回のワクチン接種を選び、グーグルなどの大企業の多くは、社員の健康を守るために社内ルールとしてワクチン接種を出社の条件としたことを、いまでも正しい選択だったとしている。
マスクも、その限界を当然認識しながらも、慢性疾患を持っているアメリカ人旅行者がいまでもマスクをして移動することを、むしろ社会通念の「向上」ととらえている。
正体不明の敵を前にして、あれだけ論理をつくし、しかも国民にわかりやすく自分の口で対策を語りかけたファウチ博士は、それまで確実に英雄視されていた。
コロナ禍の前は、クリントン政権下のエイズ渦の混乱のなかで、ファウチ博士はやはり大統領にアドバイスをし続け、HIV感染のメカニズムを解明したおかげで、現在「エイズ=死」という見方も後退している。
そのほか、SARSや鳥インフルエンザ、豚インフルエンザ、MERS、エボラ出血熱など、アメリカ人が脅威に感じた感染症の対策を常に先頭に立ってファウチ博士は講じてきた。民間人に与えられる最高の勲章、大統領自由勲章を受けているし、日本も天皇陛下が旭日重光章を授けている。
行政の長官としての働き以上に研究者としても、(科学情報研究所によれば)20年間にわたって最も多く科学論文に引用された科学者として世界で13番目という驚異的な偉業をとげている。
しかし、コロナ禍では、その緊急性ゆえに「まず語って安心させること」を優先させ、あとになって事実と違うことが判明したことはあった。
たとえば、研究所での業務メールには個人メールを使ってはいけないというルールになっていて、「そういうことは断じてない」と言った後に、部下の1人の1件の個人メール使用が明らかになり、今回の公聴会でもさんざん「情報公開法違反であり、あなたの責任だ」と非難された。
あるいは、当初、アメリカにマスクは一般的に流通していない事情もあり、マスクの効果はないと説明したのちに、それを撤回して、着用を義務付ける指針を打ち出したのも、混乱させたと非難されることになった。
また「あなたはたった1人のコロナ患者の診察もしてない」と、公聴会で非難されたことも、研究所の所長に対しての質問としては最大級のいじわるでしかないが、医者としての権威に国民が依る以上、言い訳のできないつらい受傷だ。
それとは逆に、慎重を期すべく科学的に明らかになっていないことに対して「わからない」と明言したことを、不透明な運営だと非難された。