コロナ禍で大打撃を受けた航空業界が世界の観光需要と共に力強い回復を見せている。シンガポール航空(SIA)も例外ではない。過去最高の利益を上げる一方で、ワールド・ベスト・エアラインに選ばれるなど順風満帆だが、同社はすでに先を見据えている。パンデミック中には地政学的リスクなども重なり「破綻」も覚悟したというゴー・チュン・ポン最高経営責任者(CEO)が、危機感から生まれたこれからの戦略について語った。
SIAのゴー・チュン・ポンCEO(60)には数多くの輝かしい実績がある。過去最高の利益、ほぼ満席のフライト、誰もがうらやむベスト・エアラインにも選ばれたことなど。だが、ゴーをたかぶらせるものはほかにある。インドだ。
「とにかく、とてつもなく大きな可能性があるのは間違いありません」
ゴーは2023年11月末にチャンギ空港近くのSIAトレーニング・センターでの独占取材で興奮気味に話した。SIAにとって、これからのインドは単に座席の売り上げ増が見込めるだけの存在ではない。ゴーはインドをハブとする計画であり、ほぼ天井知らずの成長が見込めるかの地を、事実上の第二の本拠地としようというのだ。計画の実現に向け、SIAは22年末にエア・インディアの株式の25.1%を取得するという、歴史的契約に調印した。
もちろん、SIAがシンガポールから出ていくということではない。同社は、都市国家シンガポールを代表する航空会社として並外れた成功を収めてきたし、SIAの洗練された客室乗務員はシンガポールの象徴として世界中で知られる存在だ。ただパンデミックでは、人口560万人の小国であるがゆえの脆弱性が裏目に出てしまった。
「国内市場をもたないがためにパンデミックから深刻な悪影響を受けました」(ゴー)
状況が最悪だった20年4月、5月のSIAの旅客数はそれぞれ1万1000人未満で、コロナ前の輸送力(同年1月は340万人)の0.3%にまで落ち込んだ。「壊滅的だった」とゴーは振り返る。
ただ、こうした脆弱性は元々あったもので、SIAが域内各地にハブを建設しようとしなかったから、というわけではない。07年には中国国営の中国東方航空への出資を提案したものの株主から拒否された。SIA子会社のスクートとタイのノックエアによるジョイントベンチャーはコロナ危機下で清算となった。また、SIAが20%を保有するバージン・オーストラリアは、20年4月に経営破綻してベイン・キャピタルに売却された。
「インド市場の成長に直接的に参加する方法を検討中です」(ゴー)
今回のエア・インディアとの提携で、長年にわたる取引がようやく実を結ぶかたちとなった。エア・インディアは何十年もの間、アジアの航空業界で後れを取ってきた。22年初めの民営化に伴いタタ・グループの傘下に入ったが、前身は1932年にJ・R・D・タタが設立したタタ・エアラインなので、正確には戻ったことになる。15年からは、SIAとタタ・サンズの共同出資による航空会社ビスタラもインド国内で運営されている。
22年末、SIAとタタは、ビスタラをエア・インディアと合併してエア・インディア・グループを拡大し、株式の4分の1をSIAが、残りをタタ・サンズが保有するという再編計画を発表した。その際、SIAはエア・インディアに2億5000万ドルを出資している。
オンライン統計データベースのスタティスタによると、今年3月の合併完了でエア・インディアの市場シェアは約23%になり、格安航空会社のインディゴ(市場シェア55%)に次いでインド第二の航空会社となる見通しだ。