ベニクラゲはどのように老化を回避するのか
科学者たちはベニクラゲのゲノムの解読に成功し、ほかの類似種の場合と同じくらい詳細で質の高い複雑な遺伝子設計図を明らかにしている。2022年にそれぞれ学術誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」と「DNAリサーチ」に発表された2つの研究(編集注:後者は日本のかずさDNA研究所とベニクラゲ再生生物学体験研究所、東京電機大学の共同研究)によると、ゲノムは以前の推定とほぼ一致するおよそ4億塩基対からなり、遺伝子は2万3000個あまりあった。特異な若返り能力で重要な役割を果たす可能性のある多数の遺伝子も特定された。ゲノムからは、細胞がいつ、どのように分化転換を行うべきかを指令する遺伝子配列が見つかった。分化転換は次のようなステップを踏む。
・遺伝子の活性化:ベニクラゲの特定の遺伝子は、そのクラゲがストレスや傷を受けたり、老齢になったりすると活性化し、細胞にシグナルを送って分化転換を促す
・細胞の形質転換:分化転換の過程でクラゲ体内の成熟した細胞は形態と機能を変化させ、実質的にさまざまな種類のより若い細胞になる。これらの若返った細胞が若いポリプを構成することになる。この形質転換は、多数の遺伝子の発現を変化させ、あるものはオン、あるものはオフにすることで行われ、それによって現在の細胞を、分裂して新たに成長できる状態に戻す
・再生と若返り:形質転換した細胞は互いに協力し合ってクラゲの体をポリプ形態につくり変えていく
ゲノムの解読によって、このプロセスに関与する遺伝子やその制御機構を詳しく調べられる。科学者たちはこれらの遺伝子やその機能を、より普通の仕方で老化する生物のものと比較することで、ベニクラゲが老化、つまり細胞の分裂・成長能力の喪失という、ほかの種が受け入れている運命を逃れられる仕組みを解き明かしたいと考えている。
では地球で最も古くから生きている生物はベニクラゲなの?
ベニクラゲは、理論的には永遠に生き続けられるという驚くべき能力をもっているが、この「不死の」クラゲを現生する地球最古の生物だと主張するのは難しい。というのも、広大な自然の海に生きるベニクラゲは、捕食や環境の変化といった事象で死んでしまう可能性があるからだ。さらに、この小さな生き物を広大な自然の生息域で研究することはたいへん難しく、野生のベニクラゲが長寿であることを示す具体的な証拠はない。それでも、たとえベニクラゲが実際には永遠に生きられなくても、このクラゲの特異な能力について理解を深めることは、海の謎のひとつを解き明かすだけでなく、再生医療を進歩させたり、人間をはじめとするほかの種のアンチエイジングの解決策を探ったりするのにも役立つだろう。それを通じて、生命の境界が広がる未来も垣間見せてくれるかもしれない。
(forbes.com 原文)