誰もが知りたいそのブラックボックスを解明したのが、スタンフォード大学ビジネススクールでVCを研究するイリヤ・ストレブラエフ教授と、その教え子でアマゾンのプロダクトリーダーやマッキンゼー・アンド・カンパニーのシリコンバレーオフィスでパートナーを務めた経験をもつアレックス・ダン氏だ。
2人は、成功したVCには“ベンチャーマインドセット”と呼ばれる特有の思考法があり、主に9つの原則によって成り立つことを明らかにした。そして、意思決定のための思考法を、VCのみならず、大企業やほかの産業にも活用できるよう書籍『The Venture Mindset』(英語版)にまとめ、5月21日に発売する。
9つの法則のなかでも特に気になるのが意思決定に関する原則「Agree to Disagree」だ。実はこの原則が、世界的な企業を誕生させた要因の一つでもあるという。
聞き手:スタンフォード大学客員研究員 尾川真一
意見の相違を生む「Agree to disagree 」
尾川:Agree to disagree(同意しないことに賛成する)について教えてください。これは具体的にどういう意味ですか?イリヤ:これは投資や人材獲得の場面などで使われる意思決定に関する原則です。大企業で意思決定が行われる場合、通常は最終決定権のある社長などが合意するか、もしくはグループが全会一致で合意に達する必要があります。会議の前に出席者に根回しし、同意を取り付ける必要があるのです。
この手法は、多くの場面でうまく機能しますが、新製品の立ち上げや新規プロジェクトへの投資、あるいは革新的な部門での採用など、イノベーションに関する分野の意思決定では機能しません。なぜなら、不確実性が高く、革新的なイノベーションの分野では、その時点において誰もが価値を理解できるわけでない案件に投資しなければならないからです。
したがって、こうした意思決定においては、従来型の意思決定を避け、一部の人が異議を唱えたときにのみGOサインを出すという方法が適しています。これが、私たちが「Agree to disagree」と呼ぶ精神です。VC業界では反対意見が多くても、個々のキャピタリストに投資の意思決定権があたえられています。実際、最も成功したVCを見てみると、投資委員会の全会一致を得ることなく投資したスタートアップの方が、よりIPOする可能性が高く、より高いリターンを出しているんです。
イリヤ・ストレブラエフ
アレックス:この原則がなければ、多くのビッグテックはこの世に存在していなかったでしょう。民泊サービスのエアビーアンドビーやサブスクリプションビジネスのパイオニアであるカミソリのD2Cブランド、ダラーシェイブクラブ、誰もが知るアマゾンですらかつては異端的すぎるアイデアという見方で、投資に懐疑的なVCもいましたが、大成功を収めています。