イリヤ:150社以上の大企業のコーポレート・ベンチャーキャピタル(CVC)を研究したところ、大企業にはこのような原則が不足していることがわかりました。
彼らがVCと違う点は、ほとんどの場合、投資の最終意思決定に親会社の合意が必要だということです。あるCVCでは、投資した30案件のうち、すべてが投資委員会の全会一致で意思決定され、一つも拒否されたものはありませんでした。なぜならCVC側で、事前に全会一致しそうな案件のみを持ち込んでいたからです。一方で委員会に持ち込まなかった案件、つまり全会一致が難しそうな異端的な案件の方が、はるかに成功していました。これは、大企業でのイノベーションがうまくいかない理由をよく表しています。
アレックス:一方で、アマゾンのように、もともとVCの支援を受けていた大企業には、彼らが持ち込んだVCの文化が受け継がれています。VCは企業の取締役会に参加し、その会社の文化に影響を与えます。アマゾンでは、予算を獲得し、新たなアイデアに挑戦するためのチームを作るために必要なのは、先導役となる強い信念をもったリーダーのみで、全員の合意は必要ありませんでした。
「若手から発言する」を取り入れよ
尾川:どうすれば、組織で実践することができるでしょうか?アレックス:簡単な手段として「若手が最初に発言する」という方法があります。会議の出席者のうち、階級の低い順に意見を述べるというシンプルな原則を決めるんです。なぜそれが良いかというと、通常、若手で役職のないメンバーは、顧客やユーザーと直接話したり倉庫を訪れたりと、現場で問題を自ら観察している人だからです。彼らの意見はリーダーの意見よりも重要です。ところが、先にリーダーが話してしまうと若手メンバーは自分の意見を言うことに尻込みしてしまいます。リーダーと異なる意見であればなおさらです。
アレックス・ダン
尾川:Agree to Disagreeの本質は一個人の意思で会社や組織としての意思決定が可能になることなので、意見の多様性を生むこと自体はその第一歩になりますね。
イリヤ:そうです。階層的な企業が多い日本では、この原則はより簡単かつ効果的かもしれませんね。
もう一つ、デビルズ・アドボケイト(悪魔の提唱)*という方法を提案します。これは、反対意見を唱える人を任命することです。このアプローチが有効な理由はいくつかあります。第一に、「反対者」という役割を指名することで、個人的な感情を排除できます。その人は、役割を果たしているのみで、個人的にアイデアに反対しているという意味にはならず、他人の目を気にする必要がなくなります。第二に、合意がない状態が自動的に形成されます。そして、第三に、新しい情報や新しい事実が共有されるという利点があります。
※デビルズ・アドボケイト(devil's advocate):本来はカトリック教会の聖人の列聖過程において、列聖の妥当性を検証するために進行する「異端審問」において、聖人の取り上げられた功績や徳を非難する立場の人物。転じて、意思決定プロセスにおいて、意見の多様性や反対意見を促進する役割。
アレックス:例えば、アマゾンでは何かを意思決定する前に、事前に書面で「なぜこのアイデアを進めないのか?」という問いを考え、代替手段やそれによるネガティブな影響を検討するための質問に答える必要があります。アイデアの提案者は、このアイデアをやらない理由をすべてリストアップするという逆説的な作業をしなければなりません。実はこのプロセスこそが、イノベーションの重要な部分です。大多数の人には狂気に思えるかもしれないアイデアについて、説得力のある説明ができたときに、そのアイデアは魔法のような結果をもたらす可能性があります。やらない理由のリストアップをし、それにロジカルな説得ができれば良いということです。
イリヤ:これらは組織文化に依存しますので、まず重要なのは、CEOが私たちの本を読んで、ベンチャーマインドをもつことですね(笑)。そして、徐々に組織内のすべての意思決定者へとこの原則を浸透させていくと良いですね。最終的には、個々人がこれらの原則を理解する必要があり、それができればよいイノベーティブな組織に変わっていくはずです。
イリヤ・ストレブラエフ◎スタンフォード大学ビジネススクール教授。専門はベンチャーキャピタルや企業のイノベーション。2024年5月21日に研究内容をまとめた共著『The Venture Mindset』(英語版)を発売予定。
アレックス・ダン◎起業家。マッキンゼー・アンド・カンパニーのパートナーやアマゾンでプロダクトリーダーとして複数の製品開発を経験。スタンフォード大学MSx。共著『The Venture Mindset』(英語版)を発売予定。
尾川真一◎スタンフォード大学客員研究員。クライメートテックやスタートアップエコシステムについて研究。元テレビ局記者。