映画

2024.04.26 15:15

映画「悪は存在しない」。ドライブ・マイ・カーから3年、濱口竜介監督の最新作

発端はライブパフォーマンス用の映像

冒頭で、「悪は存在しない」はユニークなかたちで成立したと触れたが、そもそもこの作品は、音楽家の石橋英子さんのライブパフォーマンス用の映像をつくるところから始まった。

石橋さんは日本を拠点に海外でも活躍する音楽家で、ピアノ、シンセサイザー、フルート、マリンバ、ドラムなど多彩な楽器を演奏する。濱口監督と出会うきっかけは「ドライブ・マイ・カー」の音楽を担当したことだった。

濱口監督はまずライブパフォーマンス用の映像のモチーフを見つけるため、石橋さんがよく使用している山梨県のスタジオを訪れた。そこでのセッションを撮影して手応えを得て、彼女の音楽に乗せて既存の映像を繋いだものを本人に見せたという。

すると石橋さんからは「(濱口監督が)普通にやったほうが面白いのでは」という答えが返ってきた。それで「普通にやる」、すなわちいつもの通り、物語のある脚本を書いて、それをまず映画にするという作業が始まったのだという。そして、そこから使えるものを、石橋さんのライブパフォーマンス用の映像に仕上げることにした(この作品は「GIFT」というタイトルで発表された)。


作中には印象的な自然描写がいくつも登場する(c)2023 NEOPA / Fictive

つまり「悪は存在しない」という作品は、音楽とも密接に結びついている。作中に登場する森林や水辺の美しい映像が、きわめて象徴的なものとして感じられるのも、それらが音楽を意識して撮られたものであったからかもしれない。そういう意味で言えば、濱口監督としてはこれまでにないチャレンジングな作品でもあったのだ。

濱口監督はあるインタビューで、「悪は存在しない」を撮るにあたって、スペインのビクトル・エリセ監督の「ミツバチのささやき」(1973年)から影響を受けたと答えている。

確かに幼いヒロインの花は、「ミツバチのささやき」に登場する少女アナのようなシチュエーションに置かれたりもする。今回、半世紀ほど前に発表されたエリセ監督の名作を観直してみたのだが(いまは配信ですぐに観賞できるのが嬉しい)、確かに2つの作品には同じ「空気(エアー)」を感じた。


物語は巧と花の親子をめぐって展開する。『悪は存在しない』は、4月26日(金)Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、K2ほか全国公開 (c)2023 NEOPA / Fictive

「悪は存在しない」は、前述のヴェネツィア国際映画祭だけでなく、ロンドン映画祭をはじめ世界各地で数々の受賞を果たしている。冒頭の森のなかを歩きながら樹木を見上げるシーンから始まり、最後のミステリアスなクライマックスに至るまで、没入感あふれるこの作品は世界でも多くの観客を惹きつけてきたにちがいない。

連載 : シネマ未来鏡
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文=稲垣伸寿

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