僕が言語化の能力が高いとは思いませんが、アメリカ人とのコミュニケーションは楽しくできました。野村でピーター・リンチも担当しているのは僕だけじゃなかったけど、彼が喜んで話をするのは僕だったんです。それは、僕が日本の情報を彼らが知りたい形に加工して伝えることができたからだと思います。
藤吉:なるほど。ポートフォリオ営業にしても、鉄道株のレポートにしても、彼らにとって「かゆいところに手が届く」ように情報が加工されているとも言えますね。
阿部:そうそう。だからソロスさんは〝You are not enough〟とブツクサ言いながらも、僕を雇ってたんだと思います。
ジョージ・ソロスの秘かな「劣等感」
藤吉:投資家としてのソロスさんは、どういうタイプの人なんでしょうか。阿部:僕自身はソロスさんが「すごく頭がいい」と思ったことはないんですが(笑)、本人は「理論派」として見られたがっていたフシがありますね。
藤吉:それはちょっと意外です。理論よりも直感で動くタイプかと思っていました。
阿部:彼はLSE( London School of Economics and Political Science:世界トップクラスの社会科学・人文専門大学)を出ているし、大変優秀ではあったんだろうけど、いわゆるヨーロッパ的なインテリへの憧れもあったんじゃないでしょうか。
藤吉:ソロスはハンガリーに生まれ、戦後は祖国を逃れた経験を持っていますよね。ヨーロッパの上流階級のインテリに対する劣等感もあったのでしょうか。
阿部:それで思い出すのは、ある雑誌がソロスのことを記事でとりあげたとき、彼を〝World largest speculator(超大物の投機家)〟と紹介したんです。これは彼にとって屈辱だったと思う。本当は〝investor(投資家)〟と書いてほしかったはずなんです。
藤吉:speculatorだと、「相場師」みたいなニュアンスが入るんですかね。
阿部:そうです。『The Alchemy of Finance(金融の錬金術)』という自分の理論を言語化した著書を出したのも、そうしたイメージを払拭したい面があったと思う。
藤吉:いわゆる「再帰理論(Theory of Reflexivity)」ですね。
阿部:僕はソロスさんが日本に来るたびにいろんな人を紹介したんですね。それこそインテリの代表者みたいな人たちですが、そういう人に会うとソロスさんはその「再帰理論」を一席ぶつわけです。「従来の経済学では市場というのは効率的なものであり、そこにおける価格は、需要と供給が均衡した点であるとされているが、実はそうではない。市場はもっと非効率なもので……」って。そういう理屈っぽいところがある人でした。
ただ彼が認めてほしかった学者からの反応は「あれは理論なんてものじゃない。単なる〝ソロスの考え〟だ」というものでしたね。日本の学者も同じような反応でした。