なぜ良い投資家は「言語化」が上手いのか?

藤吉:阿部さんは、再帰理論についてはどう受け止めていたんですか。

阿部:最初にソロスから本のドラフト(草稿)を渡されて読んだときは、難しすぎてわからなかった(笑)。ただ、そのうちに「これは市場で使えるかも」と思うようになりました。ソロスの「再帰理論」を一言でいえば「投資家の認識と実態の価値とは一致しない」ということになります。〝reflexivity〟は一般に「再帰性」と訳されていますが、ニュアンスとしては「相互作用性」といった方が分かりやすい。

つまり、ある企業の株価はその企業に対する投資家のパーセプション(認識)を反映するわけです。多くの投資家がいい企業だと認識すれば、株価は高くなる。すると「株価があがった。やっぱりいい企業なんだ」と投資家は、さらにその企業に対する認識を強化する。株価はまた上がる。そうなると、その企業の経営者は上昇した株価を元手に実際に経営を強化できる。投資家がそれを見てさらに株価が上がる──ソロスはこのプロセスを自己強化的と表現しましたが、別の言葉でいえば「バブル」となります。

藤吉:阿部さんは、これまでいろんな企業を見てこられましたが、実際にこのソロスの理論で成功を収めた実例はあるのでしょうか。

阿部:例えば一時期のIT企業はその実例だと思います。従来のビジネスであれば、飲食ならこれくらい、衣料ならこれくらいのお客さんがいるという風に市場は常に限定的でした。ところがIT企業の場合、極端に言うと全世界70億人が市場となる可能性があり、しかも参入コストは極めて低い──そういう投資家たちのIT企業に対するパーセプションが価格に反映されたのが「ITバブル」でした。

藤吉:価格と実態との間にバイアスが生じている状態ですね。

阿部:そうです。でも経営者はその株価をベースにして実態を変えることができる。実際に当時ほとんど利益の出ていなかった孫正義さんのソフトバンクは、Yahoo!をたった1億ドルで買収できた。そこから上場して、Yahoo!の時価総額は何十倍、何百倍となって、それがソフトバンクの新たな実態になった。孫さんは市場の自己強化性というものをよく知っている人だと思いますね。

藤吉:孫さんがソロス理論の正しさを証明した、とも言えますね。

阿部:そうそう。ただソロスの場合は、それを相場でやっているのが凄いんです。彼が大きく儲けたのはプラザ合意の円高、スターリングポンドの崩壊、アジア通貨危機ですが、いずれも同じ再帰的なメカニズムです。ソロスについては毀誉褒貶ありますが、とにかく自分なりの理論をまさに言語化し、それを相場の世界で実践してアメリカで5本の指に入る巨万の富を築き上げた唯一の人物であることだけは確かです。


text by Hidenori Ito/ photograph by Kei Onaka

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市場の波をつかむ12の方法 スパークス代表・阿部修平×Forbes JAPAN 編集長・藤吉雅春

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