毛利は、「クリエイティヴ・アーカイヴを循環させるには、過去の再文脈化と、適切な出口が重要。保管した時点で時が止まるのではなく、現在の芸術環境や社会情勢によって過去の見方は変化する。新しい観点で藝大に眠る過去資源の掘り起こし、文脈化する専門人材も増やしたい」と意気込む。今後は坂本のような卒業生という人軸、時代軸で編集し、企画展や、アーカイヴを活用した授業をしていくという。
藝大の特異性をビジネスの突破口に
藝大の教授の多くが同大卒という環境で、そうではない毛利は、外からの視点で「藝大という生態系そのものが宝」とその価値を捉えている。同時に、「『最後の秘境 東京藝大』という本が売れましたが、秘境は秘境のままでは意味がない」と危機感ももつ。スティーブ・ジョブズに代表にされるクリエイティヴな経営、思考法が重視されて久しいが、藝大を卒業して一般企業に就職する人は少ない。作家に必要な孤高は、企業人に必要な協調性との同居が難しい。しかし、モノを効率よくつくればいい時代が終わった今、藝大生の観察眼、発想力、複雑なものを一枚絵にする力は、ビジネスで羨望されている。
また、クリエイティヴ・アーカイヴの考え方や手法は、企業にも応用ができるという。一般的に企業のアーカイヴというと、社史の編纂が中心だ。しかし、そこに眠る財産をとらえ直せば、創造の種になるかもしれない。見せ方においても、年表や文書でなく、絵で見せたり、演劇にしたり、あるいは参加型のワークショップなどで企業の歴史を再解釈することは、未来の構想を紡ぎ出すことにつながるだろう。
加えて毛利は、過去・現在・未来といった時間軸の掘り起こしだけでなく、自治体、NPOなどと横軸の連携を目指す。「いい意味で純粋培養ができている藝大の環境は、可能性の宝庫。今まで藝大とは縁が遠い、美術や音楽と関係ないと思われていた分野やテーマとの出会いにこそ、共創でイノベーションが起こりうる。クリエイティヴ・アーカイヴを循環させ、芸術で社会に貢献していきたい」
毛利嘉孝◎社会学者。専門はメディア/文化研究。東京藝術大学・大学院国際芸術創造研究科教授、音楽学部音楽環境創造科教授、未来創造継承センター長。現代美術や音楽、メディアなど現代文化と都市空間の編成や社会運動を主に研究テーマとしている。ポートレートは、小泉文夫記念資料室にて撮影。