アジア

2024.03.25 19:15

北朝鮮は岸田首相と会談する気はない? 金与正談話からわかる北朝鮮の現状とは

縄田 陽介
一方、「岸田首相への金正恩慰労メッセージ、本当の宛先はトランプ氏」で書いたように、北朝鮮が最近、日本に接近している背景には、来年1月に米国で再びトランプ政権が誕生することに備えた事前準備という戦略がある。金正恩氏がトランプ氏に核保有の容認や国連制裁の解除、在韓米軍の撤退などを求める交渉を挑む際、日本が横から邪魔をしないよう、日本をたぶらかす意図がある。トランプ政権が来年1月に誕生しても、政策のレビューを行い、トランプ政権独自の外交を展開するのは来年春以降だろう。誰がみても、その時点まで、岸田政権が生き延びている可能性が高いとは思えない。

北朝鮮が接触を公表することもある。例えば、2013年5月、飯島勲内閣官房参与らが秘密裏に訪朝した。朝鮮中央テレビは即座に、飯島氏の平壌到着を伝えた。韓国政府関係者らは当時、「北朝鮮は交渉に興味がない。米国や韓国を意識し、飯島氏らを政治的に利用するつもりだ」と語っていた。金与正氏の25日付の談話には、フラフラの岸田政権であれば、米国や韓国を牽制する材料くらいに使えればよいと考えて、接触の事実の公表に踏み切ったという事情があったのかもしれない。

一方、北朝鮮問題を長く担当した外務省の元幹部は25日付の金与正氏の談話について「従来のトラディショナルな北朝鮮外交のスタイルからみて、非常に粗雑な印象を受ける」とも語る。すでに与正氏は2月15日の談話で、「日本が、解決済みの拉致問題を両国関係展望の障害物としなければ、岸田首相が平壌を訪問する日が来ることもある」と指摘していた。ロイヤルファミリーの一員である与正氏の名前を、何度も談話に使って日本に詰め寄る姿は、かつての北朝鮮外交のスタイルとはかけ離れている。

金正恩氏が進めた世代交代人事は外交分野にも及んでいる。6者協議や米朝協議など、北朝鮮外交を引っ張った姜錫柱元副首相は2016年5月、鬼籍に入った。二人三脚で働いた金桂寛元第1外務次官は重病で、一部では死亡説も流れている。トランプ政権での米朝協議の際、姜錫柱氏に代わって北朝鮮外交を率いた李容浩元外相も行方不明の状態が続いている。外務省の元幹部は「金正恩氏の側近に、外交センスと経験がある人物がいないのかもしれない」と語る。

北朝鮮は今、年初から打ち出した南北統一政策の放棄により、国内が混乱状態にあるという情報もある。金正恩氏が、祖父や父が唱えた南北統一路線を放棄したため、理論的な混乱が起きているという。統一政策を軸として配置した組織や人員にも混乱が生まれている。北朝鮮が26日に平壌で予定されたサッカー・ワールドカップ北中米大会アジア2次予選の日本代表対北朝鮮代表戦を突然キャンセルした背景の一つとして、内部の混乱を指摘する人もいる。

いずれにしても、金与正氏の談話で一喜一憂したり、走り回ったりする事態は避けるべきだろう。北朝鮮の主張がすべて嘘だとは言わないが、少なくとも北朝鮮メディアの報道は政治的なプロパガンダという性格を持つ。「うまい話には裏がある」という姿勢で臨むべきだ。

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文=牧野愛博

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