「そのためにも、より多くの人たちに音に対しての興味関心を高めていきたい」と古川。誰でも無料で使えるsoundtopeWBのβ版はその窓口ともなる。
音大美大の進路に「起業」という選択肢を
音のスペシャリスト集団、cotonの始まりは2019年。「芸術で社会貢献をしたい」というビジョンが重なり、松尾謙二郎、古川 聖、濵野峻行の三人で法人を設立。古川、濱野が研究していた自動生成音楽の仕組みを、松尾が社会実装するという役割で始まった。社名のcotonは「co = cooperation + oto = 音 + ton = 音 (ドイツ語)」から来ており、「コトン」という読みからも音に対する愛情を感じる。現在は8名のアーティストが在籍し、公共空間の音環境デザインに取組むチーフエンジニアの森本洋太、作曲家でメディアアーティストでもある宮本貴史など、全員が研究や創作活動を続けながらプロジェクト型で参加している。
「大企業でも副業を推奨する時代。アーティストも多様な活動の仕方があっていいし、その一つとしてcotonのようなベンチャー企業があっていい。アーティストが芸術で社会に貢献する道はもっとある」と松尾は話す。
cotonの活動は、大学での研究成果をビジネスに結びつけたい東京藝大側のねらいと合致し、設立2年後に東京藝大発ベンチャーに認定された。認定には、藝大の役職員や学生が研究成果をもとに設立するなど、いくつかの条件をクリアする必要がある。coton以外は、文化財の複製に関する研究から1社認定されているのみだ。
この数は、東大や慶應、早稲田から出るベンチャーや、海外の美術系大学と比較するとかなり少ない。例えば、ロンドンにある世界有数の芸術系大学院大学、ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)は、農業、医療、環境、建設、ファッション、インテリアなど、幅広い分野のスタートアップを多数輩出している。日本の美大音大から起業家が生まれにくい理由を、松尾は次のように見ている。
「音大美大の研究や活動は、そもそも儲かる、儲からないという発想でスタートしていない。だからこそ、民間企業のR&Dでは発見できない、画期的なアイデアが生まれることがある。しかし、そのアイデアをどう社会実装するか、収支報告書などビジネススキルをどうカバーするか、サポート体制がまだ足りていない」