新世代ファミリーオフィス&財団「新・資金循環」はどう生まれるか─ 村上フレンツェル玲
「社会の資金の循環を良くすれば、その分、社会課題解決に使える資金も増える。営利にせよ、非営利にせよ、社会へ資金がより巡っていくことはプラスであると考えています」
そう話す村上フレンツェル玲は、創業家などの“超富裕層一族”による社会への資金循環に、強い問題意識をもつ。村上玲は、村上ファンドで知られる投資家・村上世彰の次女。ファミリー財団、一般財団法人村上財団の代表理事を務めている。
営利のファミリーオフィスと、非営利のファミリー財団の双方をもつ村上家。村上家は投資法人などをシンガポールにも設立する一方、ファミリーオフィス・財団は、日本にあえて置いているという。
「それだけ家族全員が日本に対して、強い思いをもっています。日本での資金循環の活性化に貢献したいです」
シンガポールに世界中のファミリーオフィスが集うのは、法人税を免除する税制優遇措置と永住権優先取得制度の存在が大きい。税優遇の要件のひとつに、運用資産額の10%以上をシンガポールの資本市場へ投資する、というのがあり、ファミリーオフィスの誘致はシンガポール国内の資本市場の発展に寄与している。アジアへの投資を行うファミリーにとっては、シンガポール以外の選択肢はほぼない。
事実、同国でのファミリーオフィスの数は急増。20年末の約400社から22年末には1100社に増えた。さらなる誘致に向け、優遇措置も拡大。官民の資金の組み合わせで、社会課題解決を目指す「ブレンデッド・ファイナンス」や慈善的寄付、国内外の気候変動対策への投資などが適応対象だ。
では、日本はどうか。日本の超富裕層ファミリーの資産管理を村上は「もったいない」と考える。日本にファミリーオフィスの制度はないが、多くの創業家が資産管理会社をもつ。そこで、一族が創業した企業の株式をもち続けながら、一部を不動産などの変動性の低いアセットに変え、所有し続けるパターンが多い。
一方、海外で相続を受けたファミリーは、資産運用ポートフォリオを組むのが一般的。インパクト投資やESG投資も活発に行われ、創業家の相続から社会課題解決に資する資金循環が、当たり前に社会へ生まれている。「日本の創業家の多くは高リスクなアセットへの投資をあまりしない傾向にあります。デフレ状態が続いたことで、大きな成長を前提に、高いリターンを求める投資の考え方が根付いていないと感じます」
さらに、相続した財産は公益財団法人へと移せば、相続税の課税対象とならないため、ファミリー財団へと資産が置かれることも一般的だ。公益財団が持つ資産の運用先は法律で定められている。
かつては、円建ての債権、預貯金など、リスクの低いアセットクラスでしか運用できなかったが、近年の法改正で、外貨建て資産でのアクティブな運用も可能となった。しかし、公益財団法人側の運用への考えに大きな変化はなく、新しい資金循環が生まれていない。求められるのは「制度」と「意思」の両輪というのが村上の見解だ。
DAF(ドナー・アドバイズドファンド)──今、シンガポールでファミリー財団的な資金の流れを、なめらかにする仕組みが広がる。DAFとは、いわば「フィランソロピー慈善投資口座」。寄付者は金融機関等がもつ基金のなかに開設した口座を介し、寄付金を管理・運用し、選んだ団体に寄付する仕組みだ。ファミリー財団のように一族の名を冠することもできる。
特徴はその利便性と裁量の大きさにある。設立は銀行口座をつくるように簡単で、財団に人を雇用するコストと手間も不要。設立と同時に税控除も受けられる。寄付先、寄付のタイミングは寄付者自身で決定が可能で、寄付前の口座内の資金は、ファンド等で運用することができる。運用益は口座から引き出せない仕組みのため、すべての資産と運用益が最終的は社会課題解決へと活用される。DAF発祥の地米国ではDAFの口座数は100万口座以上、20年末時点の運用資産は推定1600億ドルと、社会で大きな存在感をもつ財源だ。
村上玲は制度こそが、意思なき人々をも動かすと考える。
「大企業はもっと社会貢献をするべきだ、営利企業はもっと寄付をするべきだ、といった“べき論”だけでは、社会は動きません。環境問題でも、環境に配慮すべきという議論の先にあったカーボンクレジット制度から、企業の環境への合理的な行動が始まりました。あらゆる領域で、新しい仕組みが求められているはずです」。
働く女性、こどもの貧困、政策提言するNPO、女性政治家など、ファミリー財団「村上財団」の代表理事として、非営利の世界でさまざまな支援を行う村上玲。10代の孤立と貧困など、受益者負担が難しく、持続性が担保しにくい「セーフティネット」への支援も積極的だ。
新卒で三菱商事に入社し、INSEADでMBAも取得した営利の視点を、非営利領域での社会課題解決にかけ合わせる。
「べき論だけでなく、構想をもって新たな仕組みを提言する姿勢を私自身も追求したいです。ファミリーオフィス、ファミリー財団だから担える役割が、必ずあると思っています」
村上フレンツェル玲◎一般財団法人村上財団代表理事。慶應義塾大学法学部卒業。三菱商事を経て、INSEADで経営学修士を取得。現在、ハーバード大学公共政策大学院エグゼクティブ養成プログラムに在籍中。2022年に村上財団代表理事に就任。
(文=フォーブスジャパン編集部)