なぜ、人材育成に「食の再生」が共鳴するのか。グローバルな課題に世界はどう取り組むべきなのか。賢人ふたりが考察する。
「組織の風土づくりとは、すなわち土づくりだと思うんです」。外資や日本の大企業で長年人事を務めてきた「人事のプロ」として知られる高倉千春。2023年10月に来日した、アリス・ウォータースの「ビジネスリーダープログラム」に参加した理由をそう説明する。
ウォータースは、アメリカで最も予約が取れないといわれるカリフォルニア州バークレーのオーガニック・レストラン「シェ・パニース」のオーナーでシェフだ。1971年にオープンしたシェ・パニーズのシンプルで美しい地元のオーガニック野菜をふんだんに使った料理は、多くの食通や著名人を魅了し、いつでもどこでも簡単に手軽に食べられる「ファストフード」に対抗する、「スローフード」文化の発祥地となった。
また、彼女が近所の学校で始めた、校庭で野菜づくりをして食育を広める「エディブル・スクールヤード」の取り組みは、日本を含む世界6000校以上に広まる一大ムーブメントになった。
実は、ウォータースの思想と味は、今も日本の多くの経営者やビジネスリーダーに影響を与えている。ウォータースは、食べるという行為に責任をもつことから、私たちと自然とのかかわり方が変わると説く。そのウォータースの言葉から「地球規模で問われている課題解決の糸口は、実は私たち自身の生き方を変えることにある」と指摘するのは、『パーパス経営』で知られる、経営学者の名和高司一橋大学大学院経営管理研究科特任教授だ。
2022年に日本語版が出た『スローフード宣言──食べることは生きること』(アリス・ウォータース、ボブ・キャロウ、クリスティーナ・ミューラー著、小野寺愛訳、海士の風)には、名和だけでなく、サステナビリティ経営に詳しい河口眞理子立教大学特任教授らが書評を書く。今回の来日で入山章栄早稲田大学ビジネススクール教授も会いに駆けつけている。
ビジネスパーソンがウォータースに共鳴する背景には、現状維持のサステナブルから積極的な再生へと向かう「リジェネレーション」(環境再生)の思想の広まりとスロー文化の見直しがあるようだ。冒頭の高倉も参加した、京都でのビジネスリーダー向けのプログラムでは、日本の大手企業の社員や経営者らが集まり、ウェルビーイングな社会に向けた、短期的ではない「スローな文化」を取り入れたビジネスの可能性について考えた。
高倉が考えるスロー文化を取り入れたビジネスの可能性は人材育成にある。「新しい人材を育てるには、企業風土の改革、風と土を変えることが重要です。新しい風を入れて、ゆっくりと土を耕す。そこからチャレンジできる次の世代が生まれてくると思います」。