「実存主義と関連していると考えられますが、ジャコメッティは人間の身体を極限まで追いつめている。矢内原やサルトル、ジャン・ジュネの書いたものを読むと、死者の魂を生きている者のなかに見るということもテーマとしている。それを読み、私のなかではジャコメッティと能が結びつきました」
夢幻能という名所旧跡を訪れる旅人の僧など(ワキ)の前に霊(神・精なども)である主人公(シテ)が出現し、所縁の伝説や身の上を語る作劇法がある。世阿弥によって室町時代初期に完成された。
「半世紀以上前、フランスで能の公演があり、ジャコメッティもそれを見たという資料も出てきました。今回の私の展覧会ではそれほど広い会場ではないのですが、能舞台を設えて、ジャコメッティの彫刻を能役者のように立たせたいと考えました。また、鎌倉時代から室町、桃山の能面を日本から持っていきます。魂の宿っているように見える能面に対峙するとき、ジャコメッティが彫刻に籠めたスピリチュアリティと日本の精神風土が生んだ演劇手法とがつながるのではないかと考えてです」
室町時代の世阿弥と20世紀のジャコメッティ、そして現代美術作家、杉本博司の表現が鮮やかに生き生きとつながりを見せてくる。
杉本はこれまでも、ヴェルサイユ宮殿での展覧会のときに、双曲線関数の数式を可視化した作品を八角形のサロン、ベルヴェデール亭に配置した。精緻な旋盤が削り出したような彫刻なのだがそのタイトルは「Surface of Revolution」。
Revolutionには「革命」という意味と「回転」という意味がある。ヴェルサイユという、のちに革命で処刑される人々の住まいに回転によりつくられた彫刻を置くこと。また、この地を訪れた歴史上の人物の蝋人形を撮影した「肖像」も展示した。言語や歴史の知識が場を圧する。
本歌取りは後世の創作者による焼き直しや再評価ではなく、教養や学習を根底に置いた高度な遊びの結晶であると杉本は示唆する。