WOMEN

2024.02.15 15:00

半導体もジェンダー問題も…「日本を前進させてこなかった責任を果たしたい」東工大学長の決意

Forbes JAPAN編集部

「日本はまずい」と本気で思った

── 一連の改革に対する内外の反応は。

益:統合に対しては、卒業生からは「よくやった、頑張れ」と、非常にポジティブな反応がありました。女子枠は、2010年に九州大学が数学科で導入を発表したものの、批判が殺到して取りやめたことがあった。だから東工大が143人もの枠を発表したら、何かしら反発はあると覚悟はしていました。案の定、SNSでは「男性差別」だという意見をいくつも目にしました。

ショックが大きかったのは「出来の悪い女子学生が入る」「女なんか入れたら偏差値が下がる」という、女性蔑視発言が出てきたことです。日本はまずい、と本気で思いましたね。

──SNSでは、匿名の投稿で「女子に下駄をはかせている」「本来入れるはずの男子が入れなくなる」という男性からの意見もありました。

益:今までの日本の社会が、女性に対して不平等だった。それを変えるためのカンフル剤が「女子枠」「女性教員限定公募」だと言い続けるしかない。総合型選抜で女子枠を設けるといっても、東工大のレベルについていける学生を採るだけのこと。性差は関係ないはずです。さらに多様性のある環境で学べるという“プラス”の側面を、なぜ考えないのでしょう。

──「リケジョは”俺たちの楽園”に入るな」ということでしょうか。

益:それは君たちが考える“楽園 ”であって、同質性は変えなければいけないというのが社会の動き。これからの楽園は違ったものになりますよ。

──この10年間、数の動きはどうですか。

益:東工大の女子学生の数は90年代に一直線に伸び、それ以降は学士課程では約13%と一定しています。どの国立大の理工系も同じ。女子学生が僕らのほうに振り向いてくれない。主な理由は、社会に出たときのキャリアパスやロールモデルが見えないこと。社会も、女性が活躍できることを示さないといけません。

教員数は、1000人のうち100人が女性です。毎年2人ずつ増えていましたが、このままでは50年たってようやく20%に達する。そこまでは待てませんから、20年に生命理工学院で女性限定公募をしたんです。すると60人応募がありました。そこで22年は8部局に広げて公募したところ、200人もの応募があった。応募が増えれば、優秀な人材を迎えられるんです。これを10年続けたい。
学内に女性専用のリフレッシュスペースを新設。修士課程の女子学生が設計した。

学内に女性専用のリフレッシュスペースを新設。修士課程の女子学生が設計した。

──他大学など外部の反応は。

益:女子枠に関しては大学の教育研究評議会で議論があって、先生方には、東工大だけでなく日本全体のムーブメントにするという覚悟があるのなら、やっていいと言われました。ですから、公園や取材の場では「東工大が先陣を切ってやります。みなさんに僕たちはモデルを示します」と必ず言うようにしています。その効果か、多くの国立大や私立大理工系から興味をもっていただいて、女子枠設置の動きは広がっていると感じています。

あとは、経済界ですね。経団連はじめ、名だたる企業の経営者の方に「女子枠を設置するので応援してください」と頼むと、口ではみなさん「応援します」と。だけど、「よくぞやってくれた」と公式に発言してくれる会社は、いまだにありません。

──財界人との面会や対談の要望は。

益:ぜひともお願いしたいですね。「東工大の試みが日本全体に広がって、日本の産業界の発展に貢献することを期待したい」なんてエールをいただけたら、間違いなく勢いがつきますから。

Forbes JAPAN WOMEN AWARD 2023」審査員の推薦コメント

坂之上洋子(経営ストラテジスト)

▷閉鎖的なアカデミアの世界において、数字を伴った女子枠導入の困難さは半端ではない。反対勢力を押し切ったことだけでも尊敬に値する。

奥田浩美(ウィズグループ代表取締役)

▷女子枠を、性差解消を超えて「ポジティブアクション」ととらえ、自身の言動を貫く姿勢は素晴らしい。


ます・かずや◎1954年、兵庫県出身。東京工業大学大学院理工学研究科電子工学専攻博士後期課程修了。工学博士。東北大学電気通信研究所 助教授を経て、2000年東京工業大学精密工学研究所教授。科学技術創成研究院長などを経て、18年に学長就任。専門は半導体、集積回路工学。

おくだ・ひろみ◎鹿児島県生まれ。インド国立ボンベイ大学大学院社会福祉課程修了。1991年にIT特化のカンファレンス事業を起業。2001年にウィズグループ設立。経産省J-Startup推薦委員など政府系委員も多数務める。

文=中沢弘子 撮影=小田駿一

この記事は 「Forbes JAPAN 2024年2月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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