映画

2024.01.20 14:00

「全員救出」の奇跡の飛行機事故を描く│映画「ハドソン川の奇跡」

しかし、「もしも」と仮定すれば湧き出てくる疑問に蓋をすることはできない。両エンジンが喪失した時、すぐにラガーディア空港に引き返せる時間があったのではないか。なぜそれを覆し、管制官の指示も無視し、川への危険な着水を試みたのか。

成功したから結果オーライというわけにはいかない。もっと安全な道があったかもしれないのに、150人の乗客の命を危険に晒した罪は大きいのではないか‥‥。

シミュレーションではラガーディアに着陸できたと主張する委員会と、45年のフライト経験に基づいた判断を信じるサリーのずれは、「もし自分が誤っていたことになったら?」という大きな不安となって、サリー自身にのしかかる。

九死に一生を得た人々

ドラマの中心部分である1月15日の再現パートは、「飛行機は大破しないし誰も死なない」とわかって見ていても、かなりドキドキさせられる。

いつものように空港の売店に立ち寄るサリー。管制官からの指示待ちの間、コックピットでいつものように交わされるサリーとジェフの日常会話。離陸後の眼下のハドソン川とニューヨークの街並み。まさかこの直後に思いがけぬ事故が待っているとは誰も想像していない。

突然、カナダガンの群れを吸い込んだ両エンジンの機能不全が判明し、サリーはすぐに操縦をジェフと交代、ジェフはエンジンの再始動を何度も試みる。

ジェットエンジンで浮上していた旅客機が、いきなり紙飛行機のようなものになってしまったのだ。いや紙飛行機なら風で舞い上がることもあろうが、鉄の機体は高度を下げていく一方。その最中の2人の緊迫したやりとりがなまなましい。

サリーから管制官への「ラガーディア空港に戻りたい」という最初の交信から、それを不可能と判断し、「ハドソン川に降りる」という報告までの2分足らずの間に、サリーは「機長です。衝撃に備えて下さい」という短い機内放送を一回だけかける。その理由を告げている暇もないのだ。

即座に「身構えて! 頭を低くして!」と繰り返し叫ぶCA達と、暗闇の中で従う乗客。近くの滑走路を提案したものの、レーダーから機影が消えて焦る管制官。

無事着水し衝撃が収まった後は、水が機内にどんどん侵入してきて乗客がパニックになりかかる。脱出シューターをボート代わりにしたり飛行機の両翼の上に立ったりして、極寒の中で救助を待つ人々、耐えきれず川に飛び込んでしまう人などが描かれる。

後から当時の乗客に詳しいインタビューをしているのだろう、搭乗前から救助後までの何組かの家族のスケッチが入っている。それらの一つひとつが、九死に一生を得た人々のドラマだ。

こうした中で、腰まで水に浸かりながら最後まで客席を確認し、救助された後も全員が助かっているかどうかをずっと気にし続けるサリーの姿からは、機長という立場にある者の重い責務が伝わってくる。

事故現場が大都市の河川だったこともあり、機体をいち早く発見し駆けつける沿岸警備隊の船舶を始め、1200人以上のボランティアを含む人々が救助に当たる様子は広く報道され、「NYの良心」と賞賛されたという。しかしもしこれが僻地であれば、救助も遅れ犠牲者が出てしまったかもしれない。

終盤の公聴会の場面は、事件とはまた異なる緊迫感に満ちている。シミュレーションを見て「突然の出来事に対して一連の決定を下す時間が考慮されていない」と、本質的な盲点を突くサリーの発言。それに沿った再度のシミュレーションの無惨な結果は、冒頭の悪夢と響き合う。現実の複雑さや人的要素を完全にシミュレートすることは難しいのだ。

なお、実際の事件に関しては、Wikipediaに「USエアウェイズ1549便不時着水事故」としてボイスレコーダーの記録が掲載されているので、関心のある方は参照してほしい。


【本連載について】
今月から始まる新連載「映画は世界を映してる」では、時事問題からトレンドまで、世の中で起こっている注目すべき事象について、想像力を刺激し、考えるきっかけを与えてくれるような映画を選んで紹介していきます。比較的最近の作品を取り上げていく予定ですが、やや年代の古い映画の場合は、そこで扱われている出来事の歴史的経緯や、現代の私たちの在り方と通じる視点を提示していきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

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文=大野左紀子

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