ホノルルで「日本人の生徒が語学学校を買収」話題の主に話を聞いた

そして、この学校のM&Aを実行したのが、ハワイ在住の山口博道さん。山口さんは2人の子どもと奥様とともに2022年からハワイに移住し、マノアの緑に囲まれた自宅でハワイ生活を満喫している。
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山口博道さん

山口博道さん

実は筆者が幹事長を務めるハワイ稲門会(早大同窓会)のメンバーで、早稲田大学の後輩。「ニュースの当事者が身近にいた」と言うのはこういうことだ。

山口さんは1982年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、ITベンチャーに入社。その後独立し、現在はWebマーケティングのコンサルティングサービスを提供する会社を経営している。まずはどういう経緯で語学学校廃校の方針を知ったのか、山口さんに聞いてみた。

「10月末のある日、朝の授業が始まる前のオリエンテーションで急に告知されたんです。年内でこの学校が閉校することが決定した。しかるべく返金処理はしていくので留学を続けられる皆さんは転校手続きを進めてくださいという話でした。ほかの生徒にとっても、もちろん私にとっても寝耳に水で、ええっ!とすごく驚いたのを覚えています」
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普通の時期なら転校はそんなに問題ではない。新しい学校に米国滞在許可証である「I-20」を発行してもらい、滞在期間を延長すれば済む。ただ、時期が悪かった。

「年末年始というのが問題でした。多くの日本からの留学生は年末年始に里帰りします。年明けにハワイに戻ってきた時に自分のI-20を発行している学校がなくなっている状態では、再入国ができないため、これは面倒なことになったなというのが皆の感想でした」

さらに返金処理するとは言うものの、100パーセント納得できる返金をもらえる保証はない。その点も気掛かりだったそうだ。

「その発表を聞いたすぐ後の1限目の授業が終わった直後にM&Aに精通している知り合いに連絡し、ハワイの語学学校が売りに出るが関心を持ちそうな買い手はいないかと相談しました。誰かがこの学校を買収すれば、学校は存続できるだろうとすぐ頭に浮かんだのです」

ところが、その知り合いから意外な提案をされた。「山口さんが買えばいいんじゃないの?」と。山口さんは振り返る。

「それまで自分の中では、店舗を構えるようなビジネスを、ましてやハワイでやろうなんて思ったことはありませんでした。ただ、その提案をされたとき、そうか、この学校に限っては悪くないかもなと感じたのです」

大学関連機関などを除くと、実はオアフ島で留学のためのF1ビザを発行できる資格を持つ語学学校は6校しかない。意外な寡占市場だということは以前から気づいていた。しかし語学学校を取り巻く環境は悪化の一途をたどっていた。

「トランプ政権になり外国人が米国に入国しづらくなり、さらにコロナ禍に突入。コロナ禍ではどの語学学校も虫の息だったと思います。対日本に関して言えば、その後円安になりさらに状況は悪化。アカデミア・ランゲージ・スクールもそんな状況のなか、将来的なビジネスの成長を描けず、閉鎖を決断したのだと思います」

1時限目で閉校発表、2時限目でM&A交渉

そんななかで、山口さんはなぜ買収を決めたのか。

「米国は以前から永住権やビザの取得が厳しい国だと思います。相当な準備をしていないと入ってこられない。ただ、留学のためのF1ビザは多くの人にとって比較的検討しやすいビザという位置づけだったと思います。

サマーキャンプなど教育関連で日本から参加しやすいプログラムも豊富にあり、米国で教育体験を積んだ若者は将来ビジネスで米国に進出しやすくなるはず。教育やビジネスでの国際化が進むなかで日本から近いハワイの語学学校はもっと活用されていいのではという思いがありました」

そもそも山口さんが現在ハワイに住んでいるのも、6歳と2歳の子どもの教育のためだという。

「自分のビジネスのために英語を使いこなせるようにしたいという私の目的とともに、子どもたちに米国の教育を受けさせたい、グローバルな環境に抵抗のない子に育ってほしいという妻の希望があったことが移住のきっかけです。

日本国内でも、いま私たちと同じように海外での教育に関心のある日本人はとても多い。ハワイの教育事情やお受験事情は知人からもよく聞かれます。語学学校を起点に、そんな需要に応える展開もできるのはないかと思いました」

決めたら早い。閉校発表日の2時限目が終わるころには事務局に「買収の件でオーナーに会いたい」と直談判していた。その日の面談は実現しなかったが、週明けにはオーナーとの交渉の場を実現。大枠の条件が合致し、翌11月にはデューデリジェンス(適正評価手続き)を行い、12月初頭に買収契約書にサインをした。

ちなみに買収価格については「言えない契約になっていて」と口をつぐむが、「ビジネスの可能性を考えれば決して高くない買い物」と山口さんは満足げだ。

「買収成立と学校の存続が発表されると、生徒さんや在籍の先生たちからすごく感謝されました。買ってくれてありがとう、本当に助かったと。何だか救世主のようになってしまって(苦笑)。他でもM&Aを見てきましたが、こんなに素朴に感謝されるM&Aは初めてでしたから、いまは純粋に買って良かったと思っています」

ビジネスしか頭になかった30代から、人生の中心がだんだん家族や子どもの教育になってきたなかで、今後、ビジネスでも教育事業に携わることになったのは運命のようだと語る山口さん。

「コロナ後の観光復活とともに、日本人に向けてハワイの入り口を広げるお手伝いもできればと考えています。ハワイは日本からの距離も近く、日系人の文化も根付いていて、日本人が生活しやすい環境。人種の偏りもなく、みんながマイノリティで多様性に溢れていることも大きな魅力です。ハワイで教育を受けるという選択肢を提案して、日本人の国際競争力を高めながら、日本とハワイ双方を盛り上げていければと考えています」

生徒だった山口さんにとっては取り組むべき先が「授業」から「事業」に転換したわけだ。学校を生徒が買うなんて、当初は金にモノを言わせた生徒もいたものだと思ったが、蓋を開けてみれば、そこには教育事業への新たな展開と、さらには日本とハワイとの関係復興へのカギも隠れていた。

若年層だけでなく、ハワイの語学留学は最近シニア層にも人気。子どもを持つ人だけでなく、ハワイ長期滞在を夢見る幅広い世代にとって、山口さんの挑戦は注目に値する。

「アカデミア・ランゲージ・スクール」の様子。後方中央に山口さんの姿も見える

「アカデミア・ランゲージ・スクール」の様子。後方中央に山口さんの姿も見える

文=岩瀬英介

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