坂本龍一が見た風景、聴いた音
東京藝大には、大学の歴史、講義資料など、さまざまな資料がアーカイブされてきた。しかし、「形として残らないものも資産として多く眠っている。これを、アーカイブするだけでなく、可視化して未来に役立てたい」と話すのは、クリエイティブアーカイブ領域長の毛利嘉孝氏だ。具体例として展示されているのは、坂本龍一が藝大の学生だった頃に入り浸った小泉文夫の民族音楽学の授業の資料、作曲科1年生の時の課題曲だ。完成した作曲作品だけでなく、当時、何を見て聴いて、影響を受けていたのかという“情報の破片”とともに展示されている。
会場では、現在、坂本と同じ課題に向き合っているという作曲科1年の学生が、展示を見ながら坂本の作曲作品を視聴していた。クリエイティブをアーカイブに、アーカイブからクリエイティブへ。ただ保管するだけではない、クリエイティブアーカイブの循環を目指す。
東京藝大が「東京」を離れる。分校の活用
香川県・東京藝術大学連携事業 瀬戸内海分校プロジェクトの展示もある。瀬戸内分校といっても、学校の建物があるわけではない。これまで、アーティストと中学生・高校生らがチームを組み、「海は人を愛する」をメインテーマに、フィールドワークや作品制作、展覧会の準備・開催を行うプログラムを実施してきた。こうした地域展開の時に重要になるのが、地元大学、自治体と東京藝大の連携だ。 瀬戸内海分校プロジェクトでは、香川大学と東京藝大が連携し、香川大学の学生もサポート役として参加している。
概念としての分校だった 瀬戸内海分校プロジェクトだが、今後は物理的な芸術未来研究場としての開設を目指す。共創を促すイノベーション・コモンズとして、東京藝大の学内、谷根千エリア、瀬戸内エリアの三カ所を構想中だ。
アートは人間にとっての生きる力
東京藝大はこれまでも、学部、学科、研究室の単位で学外組織と協働してきた。芸術未来研究場はこれらを繋ぎ合わせ、全学横断で推進することでアートの社会実装をより大きな「うねり」にするねらいだ。ここで生み出されるものは、今すぐに役に立つものもあれば、いつか何かに繋がるかもしれない「断片」もある。日比野も無理につなぎ合わせようとはしていない。しかし、確かな共通点は、誰もが思わずこころ動かされるものたちということだ。
では、いったい何に、こころ動かされるというのか。それは、やはり東京藝大というユニークな存在との共創によって生まれる「いまここにないものをイメージする力」なのではないだろうか。未来の何かに効くものを、自分もつくり出したいような、むずむず、ワクワクとした衝動が湧いてくる。
未来を模索する自治体、企業、そして個人とともに、インタラクティブに未来を探求する、弾力的な集合体としての東京藝大。そこで社会に開かれる芸術未来研究場という場。共創という切符を手に、この「研究場」の門を叩く人は、きっと増えるだろう。