日本のアート市場が米国から学べることとしては、まず税制等の制度面が挙げられるでしょう。しかし、日本の産業構造が製造業やサービス業を中心としていること、ユーザーとしての富裕層の少なさを考えると、このモデルをそのまま適用して議論するのには、少し無理がありそうです。グローバル資本主義自体を見直す議論もあり、日本は独自のモデルをつくるべきだと考えます。
一般人の取り込みと教育の質。日本でも使える施策満載の英国
一方の英国はどうでしょうか。歴史的に、英国は産業革命と貿易の中心でした。その過程で欧州やアフリカなど、世界中のアートを収集・保存し、市場を発展させてきました。大英博物館などはその典型です。戦後の復興、そして工業社会から知識社会への移行を受けて、政府はクリエイティブ産業を戦略的に重視し、公的資金を投入。芸術文化事業の助成や助言を行う専門機関、Arts Councilによる支援が大きな経済効果を産みました。英国でのアート市場活性化の特徴は2つ。地理的条件を活かした、欧州各国の富裕層の取り込み。そして、教育プログラムや芸術に触れる機会の拡大による、「一般の人々」へのアート経済活性化政策です。特にArts Council は、2010年からの10年戦略として「Achieving Great Art for Everyone(あらゆる人に素晴らしい芸術を)」を掲げ、教育や美術館の無料化などを通して、多くの人が芸術に触れられる環境を作り上げてきました。結果として、メガギャラリーだけでなく、小さなギャラリーを含めた豊かなアートの経済圏が成立しています。
また、アーティスト育成に向け、Royal College of Artなどの美大の展覧会に有名なキュレーターやギャラリストが足を運ぶ仕組みなど、教育と市場の循環もできています。アーティストにとって極めて恵まれた環境といえます。
英国の人口は日本の半数程度ですが、周辺国を取り込んだ市場形成や中間層までの広がりを考えた政策、業界を支える教育の質、市場との連携を構造的に見ていくと、日本でも取り入れられる施策は複数ありそうです。
実際、私はRoyal College of Art在学中、制作した作品を近くのギャラリーで販売したいとお願いしたことがあります。すると、予想に反してすんなりとギャラリーへの展示が許可され、非常に驚きました。ギャラリーには、有名なアーティストだけでなく学生の作品も並んでいました。
そしてパトロンやふらっと訪れた地元の人が、お酒を片手に作品やアーティストたちについて話し、売買が行われていました。ロンドン市内には、ギャラリーが大小含めて多数あります。英国ではアートの売買はハードルが低く、活発なのです。ここは日本の環境と、大きく違うと感じた点です。