岩崎:ポルトガルに人が集まってくるのは、そうした政策に加えて、歴史と文化の蓄積と、美しい自然があることも一因でしょう。その価値を国民が認識できているように、土地に根付く文化や物語性こそ大事な価値であるということを定住者が認識できていれば、異なるバックグラウンドをもった存在を受け入れられるのかもしれません。逆に、土地の文脈や物語性を見失うと、街はだんだんと非寛容に閉じていってしまうでしょう。
武邑:首都・リスボンへの流入人口はすごい数ですが、それでもリスボンが独自の歴史や土地性を保ってこられたのは、最初から地元民と流入人口を分けていたことが大きな要因だと思います。新しい人々を呼び込むためには、コワーキングスペースやカフェ、アートスペースなどが必要ですが、ポルトガル政府は最初からそういった場づくりのビジネスを地元民にしかできないようにしていました。
熱海、大森町、ベルリン郊外の好事例
市来:リスボンに対して、熱海の場合は定住者が少なかったこともあり、新しいコワーキングスペースやカフェの多くは、関係人口にあたる人々が2拠点生活をしながら副業・兼業として経営しているものが多い。10年以上熱海にかかわっているアーティストは、「熱海には余白がある」と言います。何を始めても許されるような寛容な空気感があるようで、新しいことを始める舞台に熱海を選ぶ人は多いです。長らく飲食店などのサービス業が仕事の主流とされてきた街なので、熱海にはない仕事や感性をもつ人々が流れ込むほど街は面白くなっていく。そのためには街をひらき続け、多様性と寛容性を保ち続けなければいけません。岩崎:島根県大田市大森町にある石見銀山生活文化研究所も、人間主義的な会社の実例といえるでしょう。大森町の銀山は、江戸時代に世界2位の採掘量を誇り、2007年には世界遺産にも登録された有名な土地ですが、現在は人口約400人という小さな集落です。創業者の松場夫妻は、1988年以降大森町に根を下ろし、布の継ぎはぎから始めたアパレルブランド「群言堂」を全国で30店舗以上展開するだけではなく、地元の古民家を10年かけて再生し、さらに10年間、自ら建物に息を吹き込んでから宿泊業を始めました。
そこで提供される食材は地元のものであり、また調理ももてなしも社員の人たちによるもの。創業者の松場登美さんは、これまでにのべ1万人の宿泊客と食事をともにしながら、自分たちの生き方と価値観、地元の魅力を伝えてきたといいます。この非効率でありながらも手間暇かけた仕事の重さと美しさに引きつけられた若い世代が移住してきて、町は活気を取り戻しています。