KCIAは大統領の命令によって金大中の尾行を行った。金大中は訪米しては韓国の軍事独裁政権への支援をストップするように訴えて歩いた。しかし、行く先々で卵が投げられるなどの嫌がらせが行われた。すべてKCIAが動員した妨害活動で、金大中は徹底した監視下に置かれていたのだ。
当時、日米両政府は韓国政府を支持し、特に米CIAはKCIAの組織づくりに関与している。冷戦構造のなかで北朝鮮のスパイ活動や暴発を防ぐためとはいえ、朴正煕政権の暴走は日米政府にとっては厄介な問題だっただろう。当時、KCIAの拷問は凄惨を極めており、「北のシンパ」と疑われた人々は連行されて、水攻めや電気ショックによる拷問室からの阿鼻叫喚が絶えなかったという。こうした実態は海外にも漏れ始めていた。
金大中は病気の治療という理由で来日していた。彼を支援する在日韓国人のグループによる護衛と秘書がつき、KCIAの尾行をまくために、秘密行動がとられていた。それを坪山さんに割り出してほしいと金東雲は依頼してきたのだ。
「ところがだよ」と坪山さんは言う。
「毎日、金東雲から金大中が宿泊しているというホテルや支援者の自宅の住所が届いて張り込むのだけど、いつも空振りだ。あとでわかったことだけど、実は金大中を支援する韓民統(韓国民主回復統一促進国民会議)が流す偽情報をKCIAはつかまされていて、振り回されていたんだ」
映画『KT』でも、佐藤浩市演じる坪山さんと元自衛隊員の部下が高田馬場のマンションを張り込むシーンがあるが、裏の裏をかく情報戦は『VIVANT』でもよく登場する。
「ふだんはおとなしい金東雲も切羽詰まって焦り始めた。8月9日に自民党のAA研(アジア・アフリカ問題研究会)で金大中が講演するが、韓国政府にしてみたら、金大中から自民党に軍事政権の支援をやめてくれと訴えられたら、たまったもんじゃない。それを何としてでも阻止しなければと彼は言い出したんだ。
ところが、私は調査中におかしなことに気づいた。毎日毎日、金東雲と連絡を取り合っているのに、その一方で金東雲は私の自衛隊時代の上司にこんなことを伝えている。
『坪山さんと打ち合わせをしたいから、連絡があったことを伝えておいてください』と。
さっき会ったばかりなのに、おかしい。彼の動きは何を意味するのだろう。金東雲らKCIAは、宇野宗佑衆議院議員(74年に防衛庁長官、89年に首相)にも接触していた。何のために? 自衛隊や日本政府を巻き込む形を取りたかったのではないか。そう思えてきたんだ。事件が起きても日本政府が関与していたとしたら、日本は表沙汰にはできない。そう考えて、関与しているような見え方に工作していたのだと思う。私についても、自衛隊からの指令を受けて私が動いているという形にするため、元上司に電話をしていたのだろう。