ある日、私が東京・八重洲にある坪山さんの「ミリオン資料サービス」に遊びに行くと、彼はスポーツ新聞の切り抜きを見せてくれた。
「これをうちの子どもが見てさ。『これ、お父さんのことじゃないの?』と言い出したんだ」
切り抜かれた記事は、日韓共同制作の映画『KT』がクランクインした、という短い記事だった。2002年に公開された阪本順治監督の映画『KT』は、金大中拉致事件の映画化である。主演は佐藤浩市で、脇を原田芳雄、香川照之、柄本明、筒井道隆らが固め、佐藤浩市はブルーリボン賞を受賞した。佐藤浩市が扮する主人公「陸上自衛隊中央調査隊・富田満州男」こそ、坪山さんがモデルとなっていたのだ。
「とにかく、私が主人公なのにデタラメを描かれるのはかなわんと思って、映画会社に電話したんだよ。で、できた映画を見たら、よくできた映画だけど、KCIAが金大中を拉致して私が一緒になって港まで運んでいる。いくらなんでもそりゃないよ。事実とは違うんだ」
だったら、取材という形で坪山さんをインタビューさせてくださいと言ったら、意外にもあっさりと「いいよ」と受けてくださったのだ。
以下、坪山さんの話である。
「私は自衛隊の情報部門にいたため、以前からKCIAと付き合っていた。私は北朝鮮情報を担当していたんだが、当時は米軍ですら北朝鮮の情報を収集するのは難しかった。試行錯誤を重ねて、最終的に行き当たったのが、韓国大使館の金東雲一等書記官だ。彼はKCIAの一員で、とにかく彼の情報は抜群だった」
金東雲の思い出を話し始めると、坪山さんが、「この本をもっていきなよ」と書棚から古い一冊を取り出した。日本共産党の機関紙「赤旗」特捜班が取材した1978年出版の『影の軍隊 「日本の黒幕」自衛隊秘密グループの巻』という本だ。日本で初めて「別班」の組織図や構成員24名の実名、米軍との深い関係を詳細に記載した一冊である。別班長の内島一佐の自宅を人海戦術で割り出し、一佐が自宅から米軍のキャンプ座間に通っている姿を隠し撮りし、その写真も掲載されている。別班のトップが米軍基地に毎日通勤している写真は驚きである。この本に、坪山さんと金東雲のことがことこまかく調べ上げられて記載されている。
日本共産党と赤旗の調査によると、金東雲は1963年に新聞記者という肩書で来日。しかし、実態は諜報部隊であり秘密警察のKCIAである。なかでも金東雲は謀略や破壊活動を行う「ブラックチーム」に所属。外務省、警察、公安調査庁に出入りして、北朝鮮と在日朝鮮人の情報を収集していた。そして、なぜか東京都小平市にある陸上自衛隊の調査学校で「朝鮮語の講師となった」という。この調査学校が、「別班」を含む「陸幕二部」の隊員を養成する学校だ。
坪山さんの話に戻ろう。
「金大中事件が起きた当時(1973年8月)、私は自衛隊を退職し、調査会社を設立したばかりだった。その私に自衛隊時代から付き合いがあった金東雲が仕事を依頼してきたんだ。依頼は3つ。日本に滞在している金大中の居場所を見つけること、彼の支援組織を調べること、そして資金源の調査だった。
当時、金東雲は「佐藤」という名前を名乗っていた。で、私にこう言うんだ。『私たちは言葉がダメだから、日本人ではないことがすぐにバレる。昼間は坪山さんたちが動いてくれ。夜は我々が動く』。
彼はこの依頼の目的を拉致だとは言わずに、『金大中を説得して、韓国に帰国させることだ』と話していた」