難しいは、おもしろい
haccoba を退職後、ファントムブリュワリー「ぷくぷく醸造」を立ち上げた立川は1年のうちに、日本酒蔵3軒、クラフトサケブリュワリー1軒、クラフトビールブリュワリー2軒でさまざまな日本酒やクラフトサケを造ってきた。クラフトサケブリュワリーで造るクラフトサケや、あえて日本酒蔵で造ったクラフトサケ 、クラフトビールブリュワリーで造ったクラフトサケなど、チャレンジングで多彩だ。「ぷくぷく醸造」記念すべき1本目の日本酒。福島県南相馬市の有機栽培コシヒカリと福島県いわき市の特別栽培コシヒカリを使い、福島県・浪江町の「鈴木酒造店」で醸した。
これまで、ホップごとの味わいの違いを楽しめるクラフトサケのシリーズや、8種類のホップをブレンドしたクラフトサケ、副原料を入れずに酵母でフルーティーさを表現した日本酒など、さまざまな酒を造ってきたが、共通しているのは、「低精白」「低アルコール」「乳酸無添加」。
「低精白」と「乳酸無添加」にこだわる理由を立川に尋ねると、「難しいし、おもしろい」と意外にもあっさりとした答えが返ってきた。お米をたくさん磨き、乳酸を添加したほうがコントロールしやすいが、「コントロールできすぎちゃうと、つまらなくなってくる」という立川はあえて難しさを求めていく。
「高精白にしてお米を削れば削るほど、成分が似てきますので画一的になってしまう。逆に削らなければ削らないほど、お米の味を最大限に引き出すことができる一方で、ミネラル、タンパク、脂質が多いので、お米も麹や酵母もすべてがコントロール下に置きづらくなってくる。でも、そのほうが“農的なコントロールしづらさ”があり、お酒を造っていて楽しいんです」。大学入学当初は農業系の学部で生物学を中心に履修していたという立川らしい言葉だった。
「それに…」と立川は続ける。「コントロール下に置きすぎると、自分の限界が酒の限界になってしまいますが、コントロール下に置かなければ置かないほど、自分の限界というか自分のイメージを超えてくれる可能性もある。もちろん下がる可能性だってありますけどね」
乳酸を添加しない代わりに、多くの酒は白麹か乳酸菌を使って酸性の環境を作っているため、軽快な酸の味わいも特徴だ。
「理論的にアルコールが低いほうが、酵母の死滅量が減るのでオフフレーバー(編注:酒本来のおいしさを損なう香り)が出にくい」という理由で、ぷくぷく醸造の酒のアルコール度数は高くても14度。特にクラフトサケにはホップの柑橘感があったり酸の高い白ワインのような風味があったりして、普段日本酒を飲まない人にも親しみやすい味わいだ。
福島県南相馬市小高区にクラフトサケブリュワリーを立ち上げることになった。2024年夏をめどに稼働予定だが、クラフトサケブリュワリーでは造ることができない日本酒だけはこれからもファントムブリュワリーとして活動していくという。半クラフト半ファントムのブリュワリーとして、立川の冒険は続く。