千葉工業大学の学長就任で目論むのは、世界とのAI前提の競争に必要な「技術のわかる」経営者の育成だ。
──米OpenAIによる対話型AI「ChatGPT」をはじめ、生成AIがにわかに注目を集めています。どのようにいまの勢いを見ていますか。
伊藤穰一(以下、伊藤):海外のように巨大な生成AIの開発への投資は進んでいない一方で、ヨーロッパのように保守的な規制を敷くこともなく「どうやってAIを使うか」という点を重視して考えられており、技術者が不足しているわりには日本は合理的に生成AIの流れに向き合っているのではないでしょうか。規制するよりも、積極的にみんなで使ってみて各々が感覚的にAIを理解して、いかにビジネスへ取り込み世界で競争するかが大切だと思います。
──AIの実装力という点では、日本でも大企業が生成AIに取り組む事例が出てきています。そのなかで部門の縦割りなど、事業へAIを取り込むのに懸念点がありそうです。
伊藤:出島のようにチームをつくって研究するのも構いませんが、コアのビジネスをやっている人たちにAIを実際に触ってもらって、「ここはだめかもしれない、ここはこういうふうになったらいいよね」というように、どのようにAIを使ったら面白いかを考えるのがいちばん重要です。「ここにAIを使えば、これだけビジネスが向上する」というAIの生かし方を発見した会社が、世界での競争力も上がると思います。
その点で面白いのは、OpenAIのサム・アルトマンCEOです。彼は、実はOpenAIの株をもっていません。しかし、AIが活用されうる周辺領域へどんどん投資をしています。例えば、核融合発電の領域です。AIそのものの性能ではなく、AIを使ってビジネスをどう変えるか、AIを素材として考えることに価値を見いだしているのです。
日本のいちばんの弱点は、直感的に技術を理解できるような想像力をもつ経営者の不在です。技術者に言われたものをそのまま使うのではなく、ビジネスへの応用に想像力を働かせる。それが日本に足りないところです。戦後の日本はホンダやソニーなど、理系人材が企業のトップを務めていたので面白かった。その点でいうと最近、三菱UFJフィナンシャル・グループの動きが活発な印象ですが、CEOの亀澤宏規氏が理系出身であることが大きいと思います。テック系企業の社長も、技術者ではないケースが意外に多いです。
──今回、千葉工業大学の学長に就任されました。人材教育、AI人材などを育てるにあたって、どうお考えですか。
伊藤:理系の人材教育は本当に重要です。日本は先進国のなかでも、エンジニアの給料がとても低いので、みんななりたがらない。そして技術者に対する社会的地位の向上も必要。そういった点は、デジタルガレージや経済同友会で取り組んでいきたいと思います。
教育という観点では、標準化された人間を標準化されたテストで生み出していく時代は終わりだと思っています。標準化されたものはAIがサポートできるので、むしろみんなと違うことを考えるとか、内在的な動機を自分でつくってみんなを盛り上げるといった、そういうスキルがすごく重要になってきます。
クリエイティビティは、遊び心をもって自分でやりたいことをやった結果、現れるものだと思っています。そして天才と、できない人は紙一重の差。できない部分は補いながら、変わったことをやっている人をサポートすると、クリエイティビティも生まれるし社会も多様になる。昔から日本は多様性と向き合うのを苦手としていますが、やはり文化的にシフトしていかなければなりません。