彼女が率いる「与件記録統計分析係第二分室」という部署は、警視庁本庁舎の地下2階の片隅にあって、名前こそ仰々しいが、縣の他には元ハッカーの道しかいない。事件前夜、摘発されたばかりの投資詐欺事件の関連情報を調べるうち、怪しいサイトを探りあてた道は、上司である縣の耳に入れる。その案件が、美大生殺しの事件と深いところで繋がっていたのだった。
事件発覚からほどなく捜査本部が立ち上がり、刑事たちによる靴底を擦り減らしての地道な捜査が始まるが、そこに神出鬼没の超エリート警視・縣が、別の角度から事件に光をあてていく。つまり本作は、ローテクとハイテクが同居するユニークな警察小説なのだが、実は読みどころはそれだけではない。
ユーモアとペーソスを交えた群像劇
通常、捜査本部の捜査は警視庁捜査一課と所轄署の合同で行われるが、捜査一課の面々には普段の業務であっても、所轄の刑事たちにとって殺人事件などの重大犯罪は、一生に一度あるかないかの一大事なのである。晴れの舞台に誰もが張り切るが、経験の違いから摩擦が生じることもある。そんな捜査本部のリアルな舞台裏を、作者はユーモアとペーソスを交えた警察官たちの群像劇風に描いていく。
それにしても、本作のタイトルロールでもある「縣(アガタ)」とは、いったい何者なのか。子どもたち語り聞かせる奇想天外な生い立ちといい、二十代半ばで警視という異例の出世ぶりといい、すべてが規格外としかいいようがない。自分を飾る気などないのに、目立たずにはおれない強烈な個性と存在感には、カリスマの雰囲気も漂う。
そんなハイパーな縣の大活躍に息を呑む読者を弄ぶのかのように、この「アガタ」の装丁には、「AGATHA(アガサ)」と意味深な英題併記がなされている。
実はミステリの女王アガサ・クリスティとのシンクロは単なる言葉遊びではなく、巻末に参考文献として記された「そして誰もいなくなった」にも理由があるのだ。読み進めるうち、その拘りの意図を察した読者は、ニヤリと頬をゆるめるに違いない。
当初からの読者としては、年代記となりつつある「脳男」とは、ゆるやかな刊行ペースに合わせ気長に付き合っていく覚悟を決めた。その見返りと言ってはなんだが、「アガタ」もシリーズ化し、続編、続々編をどんどん読ませてほしい。そんなわがままな願いを、作者に聞き届けてもらえればと思う。