映画

2023.08.11 12:00

単なる娯楽作品ではない。映画「バービー」が放つ、深いメッセージ

冒頭は「2001年宇宙の旅」のパロディ

映画「バービー」は、さすがにグレタ・ガーウィグとノア・バームバックが脚本を手がけただけのことはあった(2人はコロナ禍が始まったころにニューヨークのアパートに閉じこもり脚本を執筆したという)。

まず冒頭は、映画史のなかでは必ずと言っていいほどベスト10に挙げられるスタンリー・キューブリック監督の名作「2001年宇宙の旅」(1968年)のパロディから始まるのだ。この最初のシーンを観ただけで、半ば拍手喝采してしまった。

「2001年宇宙の旅」のファーストシーンは、人類の祖先であるサルたちが「モノリス」という謎の物体の出現とともに道具を使い始める場面から始まる。「バービー」では、このシーンをそっくり取り込んでいて、女性たちがバービー人形の登場とともに、それまで愛玩していた赤ちゃん人形を壊し始める。

「モノリス」に模した「バービー」が女性たちに意識革命を起こしたという設定なのだが、ガーウィグとバームバックはこのシーンによって、「バービー」という映画は単なるキャラクターを主人公とした娯楽作品ではないと、宣言しているようにも受け取れる。
バービーランドでは毎夜ダンスパーテイーが開かれる(c)2023 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved

また、2人が編んだストーリー自体にも、いまの時代を生きる人々にも響く、フェミニズムやダイバーシティに対する深いメッセージが込められており、このあたり誰の観賞にも耐え得る内容の濃い作品となっている。

冒頭のシーンに続く物語は、バービーたちが暮らす「バービーランド」から始まる。バービーランドの女性は全員が「バービー」を名乗り、世界は彼女たちを中心にしてまわっていた。大統領や医師や学者など重要な役割はすべて女性が担っており、男性はどちらかというと彼女たちに従属する存在として日々を送っている。

バービーランドは一種のユートピアで、雨は降らず、毎日が夏のような快適な気候。そのなかでバービーたちは男性のケンたちを従え、連日パーティーやドライブ、サーフィンなどに明け暮れ、なに不自由のない生活を続けていた。

そんな日々のなかで、1人のバービー(マーゴット・ロビー)が「死を考えたことがあるか」という疑問を口にする。と同時に彼女の身体に異変が起こる。どうやらその原因は人間たちの現実社会にあるのではないかという考えから、彼女は1人のケン(ライアン・ゴズリング)とともにバービーランドを後にする。
バービーとケンは人間社会へと旅立つ(c)2023 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved

異変の原因を探るため、人間社会にやってきたバービーとケンだったが、そこにはバービーランドとは価値観の異なる世界が広がっており、彼女たちはそのギャップにショックを受ける。そして、バービー人形を発売しているマテル社に乗り込むのだが……。

物語はこのようにかなりユニークなもので、バービーが悩むというシチュエーションが、この作品の核をなしている。女性の理想を具現化したようなバービーたちの世界と、いわば真逆に近い人間たちの現実社会を対比的に描くことで、鋭い内容を発信しているのだ。

ただ、さまざまなピンクの色彩を配して描かれるバービーたちの世界は、それを目にするだけでも楽しく、「なりたい自分になれる(You can be anything)」をファッションドールで可能にしたバービー人形の歴史的価値も、作中には織り込まれている。
ある日、バービーランドのバービーたちの1人に異変が起きる(c)2023 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved
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文=稲垣伸寿

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