「私たちが20年前から行ってきたことに、時代が追いついてきた。うれしいことですが、この考えが主流になってしまうと、またゲリラ的にとがったことがしたくなってきた」
中川一史が全国の小・中・高校の先生と大学の研究者とともにD-projectを立ち上げたのは2002年4月。いまでこそ1人1台端末や子どもの主体的な学びについて言及されるようになったが、発足当時は、教室へのICT導入の是非について議論していたというタイミングだった。
「ICTを使うという物言いや、教師が子どもたちに授ける、教えるというイメージ、受験勉強的な確かな学力に重きを置かれているのが『違和感があるな』『違うアプローチがあってもいいのにな』と思ったことがきっかけ」(中川)。
そして、当時、まだSNSなどがない時代に全国で孤軍奮闘していた教員たちをつなげたい、ICTにおける企業と学校をつなぎ産学連携を進めたい、という中川の思いが原動力になった。
発足以降、「授業実践」を核にし、さまざまなプロジェクトやワークショップなどを通して試行錯誤し、「ICTにふりまわされることなく、子どもの学びを見つめて授業をデザインしていこうとする姿を提案する」ことを皆で目指していった。そして、メディア教育は子どもたちの発想力や企画力、表現力といった「豊かな学力」の育成につながるとし、「メディア創造力」をキーワードとした。表現活動を通して、自分なりの発想や創造性、柔軟な思考を働かせながら自己を見つめ、切り開いていく力だ。この新たな視点から授業づくりを考え、問題提起していくため、実践研究やワークショップ、公開研究会・メーリングリスト(ML)での情報共有を行ってきた。
D-projectは約30人程度で発足してから21年、現在600人以上がMLに登録し、全国12支部が立ち上がる一大教育コミュニティに成長した。賛助会員という企業・教育機関の支援も14社・団体にのぼる。「学校の先生から教育委員会の人、大学教員、学生、企業の人もいる『ごった煮』状態。出入りも自由で誰が会員かも把握していない」という緩いつながりで続けてきた。20年以上続く秘訣について中川は次のように話す。
「続けようと思ったことはないですよ。ただ、かかわっている教員一人ひとりが自己成長を止めない集団だからかもしれませんね」
中川は現在、新しい挑戦にも目を向けている。「会員も支部も増え、また、国のGIGAスクールも佳境で、料理で例えると『万人が好きな料理』にも対応せざるをえなかった。原点に戻って、とがった実践や取り組みといった『一部の人しか食べないような料理』を大事にし、あらためて模索していこうと。万人に合わせるのは教育委員会に任せればいいわけですから」
中川一史◎D-project会長、放送大学オンライン教育センター長・教授。横浜市の小学校教諭、横浜市教育委員会、金沢大学教育学部助教授などを経て、2009年から放送大学教授。23年4月より現職。これまで文部科学省、内閣府、総務省の各種委員等に従事。