経営・戦略

2023.07.12 13:00

DX企業への変身を叶えた「自律と信頼」の変革|人的資本経営トーク#7

社員を信用したら、目の色が変わった

続いて堀尾は、「社員が自主性や自律性を持って、主体的にキャリアを描く能力を伸ばすために、富士通の人事部門ではどのようなことを大切にしていますか」と質問。これに対して、平松氏は「ルールを固めすぎないこと」を挙げた。

30年前、成果主義に舵を切った際には精緻にガイドラインやルールを作ったが、今回の制度改革では、完璧さよりアジャイルを重視したのだという。平松氏は「決めたものを押し付けるのではなく、『ビジョン実現のために、やるべきことややりにくいことがあれば見直すので、どんどん人事部門に言ってください。権限はビジネスの現場にありますし、われわれは人事面のビジネスパートナーとして伴走する立場なので、一緒に作っていきましょう』というスタンスで現場に展開しました」と説明。社員に余白をしっかりと与え、自分ごととして考えてもらうスタンスをとったと語った。

このエピソードからも垣間見えるように、平松氏は「自律と信頼」という言葉を信条に改革に臨んできた。改革途中には、周りから「富士通のような伝統的な日本企業で働く社員は、『キャリアは会社から与えられるものだ』と考えているケースが多いので、ジョブ型のような制度に上手く適応できないのではないか」と言われることもあった。しかし、この指摘を受けたときに、平松氏は捉え方を変えたという。

「以前より、私たち人事から社員に対して『自律的にキャリアを考えよう』と言い続けてきたものの、一方で社員を信頼したマネジメントや目標設定ができておらず、統制したり過保護になったりしていた面があったと気付きました。だからこそ、会社や人事、上司側が『社員を信頼している』という前提のもと、新任管理職の登用を100%ポスティングで実施するといった思い切った制度を導入したのです。すると、社員が目の色を変えて積極的に行動を起こしてくれるようになりました」(平松氏)

富士通は国内だけで8万人の社員がいるが、2020年4月以降、のべ2万人がポスティングに手を挙げ、うち7000人が合格して異動した。想像以上に自身のキャリアを真剣に考え、主体的に動ける社員が多くを占めていたのだ。平松氏は「以前、社内公募制度を実施していた際には、こちら側も『重要なプロジェクトから人が抜けたらどうしよう』、『メンバーが多く抜けた部門の担当役員からクレームが来たらどうしよう』とおっかなびっくりの部分がありました。しかし、思い切って拡大してみたら、これほどの社員がチャレンジ機会を求めており、成長意欲があると知りました」と振り返った。

本部長が自組織をプレゼンし合う「ビジョンピッチ」

また、ポスティングの導入に伴い、社内で人材の流動化や獲得競争が起こったことを機に、富士通では「ビジョンピッチ」という新たな取り組みを開始した。これは、「ポスティングで人が抜ける一方で、募集を掛けてもなかなか人が来ない」と嘆く組織の声をヒントに生まれたもの。そうした組織では、自組織の魅力を組織の内外へ上手く発信できていないだろうという仮説に基づいている。ビジョンピッチでは本部長が5人ずつ集まって、組織のビジョンや自組織で働くことで得られる成長機会、やりがいなどについて5分ほどプレゼンし、相互にフィードバックし合う。

「こうした機会があれば、皆さん熱く組織の魅力を語ることができると知りました。プレゼンの内容は、後で自分たちの組織やその外でも共有してもらいます。後日サーベイを実施したところ、部門長のビジョンに共感したメンバーが多い組織ほど、エンゲージメントが高いこともわかりました」(平松氏)
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文=倉本祐美加

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