農業スタートアップで初上場 「農業総合研究所」が挑む本気の改革とは

農業総合研究所の及川智正会長

「農業総合研究所」。農業に関連した公的な研究機関のような名前だが、そうではない。

2007年に創業、成長市場とは言い難い農業の世界で、わずか9年で上場を果たしたスタートアップだ。2016年6月当時、農業スタートアップとしては初の上場だった。

「“総合研究所”という名前にしたのは、そのほうが(創業地である)和歌山の生産者や行政の協力が得やすくなる、と思ったからです」

笑顔でそう語るのは、農業総合研究所(農業総研)を創業した及川智正会長。東京農業大学を卒業後、会社員生活を経て「キュウリ農家」として就農し、青果店経営ののち和歌山市で起業した。

農業総研のメイン事業は?

農業総研の事業は大きく2つの柱からなっている。

ひとつ目の柱は、「農家の直売所」事業。スーパーマーケットの「農家の直売所」という独自の販売コーナーを運営委託という形で設置し、新鮮な農産物を販売するというものだ。

直売所というだけあって、どの農産物をいくらでどのスーパーに出荷するかは、すべて生産者自身が決める。そのため同社の役割は、スーパーマーケットの店頭価格情報や、生産者の売上情報など、生産者と生活者をつなぐ「情報発信」と、集荷場やスーパーの仕様に適したバーコード印刷システムなどの「流通インフラ」の提供だ。

2つ目の柱が「産直卸」事業。直売所では農産物を仲介しているだけなのに対し、産直卸では生産者から直接農産物を買い取り、スーパーなど小売店に卸している。

この際、ただ卸すだけではなく、農産物をブランディングしているのが大きな特徴だ。実際に社員が産地に足を運び、直接生産者に取材。生産者の想いや隠れた魅力を浮き彫りにし、「何をPRすべきか」を分析している。そして、商品のパッケージ、売場のPOP、生産者のおすすめレシピなどを用いて、農作物の価値を高め、販売しているのだ。

「売っても赤字だった」原体験

及川会長の起業の原点は、キュウリ農家時代に体験した厳しい現実だった。

「ある年に、キュウリが豊作になりました。良いことと思いきや、出荷量が増えるので値崩れが起きます。すると、生産者は売っても赤字。残ったキュウリは廃棄せざるを得ません。生産者は真面目に美味しい農作物をつくり、生活者も求めている。なのに、商売として成り立たない。ということは、流通に改革すべき問題があるのではないか。そう思ったのが起業のきっかけでした」

この体験が、農家の協力を得るうえで大変役に立ったという。起業家にとって、起業の原点、そして「世の中を良くしたい」という想いを伝えることは大きな武器となる。

ステークホルダーに素晴らしいビジネスモデルを理路整然と語ったところで、相手にとっては所詮“他人の金儲け”。実績が十分ではない創業期に、起業家が人を動かすのに必要なのは「世の中を良くしたい」という想いだ。

「この原点にある想いをときに酒を交えながら熱心に伝えていると、徐々に協力してくれる生産者が増えていきました。もし私に農家の経験がなければ、きっと協力を得られなかったと思います」
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文=下矢一良

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