孫、そして1000億ドル(現在のレートで約14兆円)の規模を誇る、世界で最も強力な巨大ベンチャーキャピタルであるSoftBank Vision Fund(ソフトバンク・ビジョン・ファンド)の苦境は、ここしばらくは、以前ほどの注目を集めていなかった。2019年には、投資先のシェアオフィス運営企業WeWorkが巨額の損失を計上したことが問題になった。孫が決算説明会で、WeWorkを次代を担う有望株と見込んで多額の資金を投入したことについて「私自身の投資判断が、いろいろな意味でまずかった」と述べる事態に陥ったのだ。
このWeWork問題が大惨事だったのは周知の通りだ。WeWorkの創業者アダム・ニューマンは「成功するまではうまくいっているフリをする」という危険な賭けを、かつてないほどの規模で繰り広げていた。それはちょうど、セラノス(たった1滴の血で何百もの検査ができるとうたって多額の資金を集めた新興企業)が詐欺であったことが明るみに出て、創業者エリザベス・ホームズの転落が始まった頃だった。出資先探しという「椅子取りゲーム」の椅子の数が減っていく状況のなかで、ニューマンがこの「ゲーム」を続けていくために、孫以上に重要な出資者はいなかった。
2022年には、ニューマンの栄光と転落を描いた「Apple TV+」向けドラマ『wecrashed ~スタートアップ狂騒曲~』が公開されたが、その1年ほど前から、孫肝いりのビジョン・ファンドは緊縮モードに入っていた。
これ以上の出血を食い止めるために、ソフトバンクグループは2023年に入り、中国のEコマース大手、Alibaba Group(アリババ・グループ)の株式、総額72億ドル(約1兆円)相当を売却した。さらに孫のチームは、傘下の英半導体設計企業Arm(アーム)の新規株式公開(IPO)に関して、投資家の意欲を見定めているところだ。複数報道によると、このIPOでは、最大で100億ドル(約1兆4000億円)の資金調達が見込まれるという。
だが、ここでS&Pが割って入り、ソフトバンクグループの立て直しが、事前の構想ほど順調に進んでいないことを投資の世界に思い起こさせた。S&Pは5月23日、ソフトバンクの長期発行体格付けを一段階引き下げ、投機的要素がさらに強くなったとの見解を示したのだ。
この評価は、ソフトバンク側の猛反発を招いた。同社の後藤芳光CFO(最高財務責任者)は「どうしてこんな不合理な判断をしたか、残念だ」とのコメントを残している。
では、S&Pは現状をどう評価しているのだろうか?
S&Pは「(ソフトバンクグループの)投資ポートフォリオのボラティリティと資産リスクの上昇は、同グループにとってマイナス要因となっている」と指摘した。さらにS&Pは、アリババの「株式売却が進行中」であることを指摘し「これまで同グループにとって主要な資産だった」アリババ株の売却により、同グループのポートフォリオにおける上場企業の資産が占める割合が減少することを懸念材料とした。S&Pはこれに続けて「同グループの主な投資先であるテック系企業の株価は、長期にわたり低迷状態が続いている」と述べた。
結論として、S&Pは以下のような判断を示している。「ソフトバンクグループの投資ポートフォリオにみられる資産リスクは、我々がこれまで考えていた以上に上昇している。流動性と信用力が大きく悪化した状態が、今後1年程度続く」
これに対し、ソフトバンクグループも声明を発表し、以下のように反論している。「過去1年以上にわたり『守り』の財務運営を徹底してきたことにより、当社の財務基盤はかつてないほど強化されております。当社の財務安全性が正しく評価されなかったことは極めて遺憾であり、S&Pとの対話を継続いたします」
声明では「対話」がうたわれているが、実際には、これは舌戦と言ったほうが的確だろう。しかし孫の側近たちは、格下げをした格付け会社を厳しく批判するよりも、鏡の中の自分を見つめ直すことを考えてみるべきかもしれない。