「島々にかかわるようになって、芸術を使って社会に負わされた傷と闘うことにしました」(福武)
福武は、直島のキャンプ場用地以外にも土地を購入し、プリツカー賞の受賞歴がある建築家の安藤忠雄の協力を仰いで、ベネッセハウスミュージアムと併設するホテルの設計を依頼。この美術館はいまや島々に点在し、アンディ・ウォーホルや李禹煥、デイヴィッド・ホックニーなどの作品が展示される数十のアート施設の第1号となった。
こうした施設や公開作品の運営を支えるため、福武は04年に自身の名を冠した財団を創設。福武家はそこに合計で全体の8%に上るベネッセホールディングスの株式を寄付した。
その価値は現在1億3600万ドルとなり、300万ドルほどの年間配当を財団に提供している。これは、一家が独自に行い、福武が2億5000万ドルと見積もる投資とは別である。ベネッセホールディングスからの協力もある。美術館を建設しては、この非営利団体に寄付しているのだ。
適度なバランスを達成するために
福武の息子、英明(46)は取材当時、ベネッセホールディングスの取締役であり、福武財団のナンバー2だった。彼は父親とは別のインタビューで、瀬戸内国際芸術祭には一部公的資金が投入されているものの、財団はビジョンを損なわないよう外部からの資金援助を受けていないと語っている。「前衛的で、独自の視点をもっていたいですが、結果的に排他的にはなりたくありません」12年に福武財団に、13年にベネッセホールディングスに入った英明はそう語る。
「ただし、独自性を失うほど大衆向けにもなりたくありません。そのさじ加減が重要であり、適度なバランスを達成するためには独立した財源をもつ必要があります」
福武にとって活動の指針となっているのは、アートが生み出す感情の共鳴だ。現在、岡山大学との共同研究に取り組んでいるという。とはいえ、少なくともひとつの島のコミュニティにとっては、その経済的な効果も明白だ。香川県のある職員によると、ほかの自治体では人口が減っているのに対し、直島では福武の活動も一因となって人口が安定化しているという。
福武自身も、全国的な若者の都市への移住による地方人口の減少を懸念している。政府は潤沢な資金を用意し、日本列島中で地方再生事業を展開しているが、効果はなきに等しい状態だ。
「地方に残された人々は、将来への夢や希望を失っています。私たちはアートの力が地方を活性化できることを証明してきました」(福武)