身体性と思考・世界の捉え方の間にあるつながり
またセレンコ氏は、同時期に眼科手術を経てかなり重度の近視でぼやけていた世界がくっきりと見えるようになり、自分の体と政治を発見していったとも書いている。このエピソードも筆者にとっては非常に共感できるものだ。筆者も30代初めにレーシック手術を受けて、7歳からかけ続けていた眼鏡とコンタクトレンズを卒業することができた。常に、補助器具なしで世界が見えているという経験は、世界だけでなく自分の身体を認識する解像度を上げてくれたことを実感している。身体性と思考・世界の捉え方の間につながりがあるという(少なくとも筆者と著者の間で共有する)事実は、興味深い。
一括りの「女の子」であったセレンコが、くっきりと見える視力とともにどのような方向に覚醒していったかについて、引き続き訳者あとがきから引用する。
「セレンコはなによりもまず詩人である。16歳で、シベリアで発刊されている文芸誌『昼と夜』に初めて詩が掲載されデビューを果たし、その後、大学在学中にも複数の賞にノミネートされるなどして中央の文芸誌でも作品を発表するようになった。まえがきですでに触れたように、詩人としてのセレンコ氏はここ10年ほどで大きく発展したロシアの『フェミニスト詩』のジャンルを代表する人物である」
著者は、フェミニストとして活躍するほか、反戦活動家でもある。2016年、政治批判やフェミニズムに関するメッセージを書き込んだ紙やプラカードを持って公共の交通機関に乗り、黙って移動するという「静かなピケ」運動で活動家としての名前が広く知られるようになったという。
2022年1月には突然逮捕され、勾留期間が終わると同時にウクライナ戦争が始まった。著者はジェンダー研究者のエラ・ロスマンとともに直ちにフェミニスト反戦レジスタンスの組織を立ち上げたが、2022年3月にはロシア国内にとどまることができず、国を出て、ジョージアに滞在しているという。