神話的で両義的な「女の子」たちの物語
本書の中では、図書館で「女の子」扱いされている女性たちが、いかに十把一絡げに扱われているかが描かれているだけでなく、彼女たちがたくましく、なんとか生き延びる=その組織の中で働き続ける方法を探っていく。「深淵は多かった。起きていることをまったく気にしなければ、だいたいはかなりいい感じで過ごせた。私たち女の子は、二十分おきに煙草休憩に出ていた。私たちの図書館の冷蔵庫には、ウォッカが二本入っていた。一本は万が一のことがあったときのためで、もう一本はつらいことがあったときのため。両方いっぺんに起きるということもあった」
そして時には所属していたはずの「女の子」グループから仲間はずれにされたり、仲間が辞めて行ったり。もっともこれらは、日本のオフィスでもなじみのあるようないざこざや日常だ。
本書を通じて著者は、一人の女性としての覚醒を書くと同時に、一括りにされる「女の子」たちこそが公的機関を支えているということを伝えたいのだと感じた。
筆者は歴史に関する本や記述を目にするたびに感じるのだが、例えば「奈良の大仏を作ったのは誰か」という質問に対する答えに、「行基」と答える人もいれば、「(作業を実際に行った)多くの人」、という答えもある。
また、アマゾンのサービスを作ったのは誰か、という答えは多くの人が、創業者で初代社長のジェフ・ベソス氏と答えるだろう。一方で、同社の倉庫で働く何万人もの作業員がいなければ、次の日に、はたまた当日に届くような通信販売のサービスは実現し得なかったし、提供し続けることもできない。
同様に、公的機関を動かした手柄はトップの「女の子」ではない人に与えられるが、実際に仕事を動かしているのは「女の子」たちであり、彼らなしに組織は回らないのだ。
同書の「前史」という最後の短い一章で著者は、「国家の歯車にいったんはまりこんでしまったら、長くそこに居続けることもできる。何年間も同じ女の子たちが、ある国家機関から別の国家機関へ、あるポストから別のポストへと移動している。女の子たちは、雇用され、解雇され、削減され、産休を与えられる。女の子たちは、自分のストーリーを蓄積していくけれど、それを公にシェアできる機会はほとんどない。解雇された時私は、『そうした問題』というポータルサイトに、国営の文化施設で働いた経験についての記事を執筆したー私のヒロインたちはほぼ全員が匿名にしてほしいと頼んできた、なぜなら、かつての上層部からの制裁を恐れているからだ」と記している。
実は、日本語版に向けた著者と訳者のまえがきとあとがきが一番読みやすく、本文の部分は、非常に文学的というか詩的な部分も多いために、物語をたどろうとするとかなりの集中力を必要とした。これは筆者の読解力不足によるものかもしれないが、一方で、これは著者がロシアで本書を刊行するための工夫であり、意図して行われたことであるとも感じた。
登場人物を匿名で描くだけではなく、著者は「女の子」たちの物語の「神話性をより拡張し、もっと全一的でない、より矛盾した両義的なものにしたいと思った」という。それゆえに、冒頭で述べた、ロシア人と日本人という彼我の違いがあっても、共感できる物語となっている。
高以良潤子◎ライター、翻訳者、ジャーナリスト。シンガポールでの通信社記者経験、世界のビジネスリーダーへの取材実績あり。2015年よりAmazon勤務、インストラクショナルデザイナーを務めたのち、プログラムマネジャーとして、31カ国語で展開するウェブサイトの言語品質を統括するなど活躍。2022年より米国系IT企業勤務。