プライドに捉われないベンの人柄の良さを表すと同時に、人をうまく使えないこの会社の未熟さも示すエピソードだ。
「アバウト・ザ・フィット」の社長、ジュールスを演じたアン・ハサウェイ(2015年、『The Intern』UK Film Premiereにて)/Getty Images
このあたりから、ベンに体現されていた「古さ」が、ただ古いだけではない魅力的で貴重なものとして描かれ始める。彼の地味な気遣いや会話の中のちょっとしたウィットは、徐々に周囲の若い男性社員との間の壁を取り除き、恋愛相談を持ちかける者まで出てくる。場から浮いていたオールドファッションも、カッコいいものとして憧れの対象になる。
「クラシックは不滅だ」「ハンカチは貸すためにある」など数々のベンの名言は、「古さ」の中の真実として若者に新鮮に響く。さらには、会社専属のマッサージ師であるフィオナ(レネ・ルッソ)との、なかなかいい感じの出会いも生まれる。
思い切って飛び込んだ右も左もわからぬ再就職先で、文化が違い過ぎて話が通じないと思っていた若い同性たちに一目置かれ、自分と年齢の釣り合いそうな美しい“熟女”ともお近づきに……。現実ではまずありえない話だ。よくもまぁこんな都合のいいストーリーをしゃあしゃあと描くものだと逆に感心する。
フィオナ登場のややセクシュアルなシーンで、ベンが若者たちと無言のうちに相通じ合う、女性から見ると「おやおや、早速ホモソーシャルが築かれてますねぇ」といった場面など、夢見る熟年男性向けのサービスがきめ細かい。
“イケオジ”を完璧に演出するベンの顔
こうした中でしばしば見られるのが、ベンの「やれやれ。ま、仕方ないね」と「ああ、いいんだよ。わかってる」の間にあるような、微苦笑だ。この顔は年季が入っている。言ったら角の立つことを呑み込み、何事にもやんわり“受け”の姿勢で応じつつ、年長者としての余裕とユーモアをなくさない。そんな“イケオジ”を完璧に演出する顔である。もちろん自然と浮かぶ笑みではない。人間70年も生きて社会で揉まれてくれば、自分よりずっと若い人に対し、こういう酸も甘いも噛み分けた円熟の極みの顔の一つや二つ、苦もなくつくれるようになるのである。
しかし観客からすると、ロバート・デ・ニーロという俳優の過去の役柄の印象として、「ニコニコしたままの顔でいつ銃をぶっぱなすかわからない」といったかすかな不穏感があるため、好々爺然としたベンの笑みに、どこか落ち着かない気分になるのも事実だ。