「この罪からは逃れられない」という恐怖
しかし宗吉は、目の前で進行している事態にうまく対応できないにも関わらず、自らの罪については深く自覚している。たとえば、仰向けに寝ている庄二の上にお梅が開けた押入れからビニールシートや紙が降りかかり、お梅がそれをじっと見つめる身の毛のよだつ場面。現場を目撃して一言も発せなかった宗吉は、すぐ後のシーンで、手についた赤いインクを落とすのに夢中になっている。
彼を捉えているのは、子供のことでいずれは自分の手を汚すだろう、いや既にこの手は汚れている、この罪からは逃れられない‥‥という恐怖にほかならない。
象徴的なのは、長女・良子を東京タワーの展望台に置き去りにして去る一連の場面だ。なんとなく不穏な空気を察知してか宗吉から離れようとしない良子を宥めすかし、一人こっそりエレベーターに乗った宗吉。それを振り返って見てしまった最後の良子の眼差しと、直後の宗吉のパニック。
展望台の望遠鏡で「おうちが見える、庄二も見える」(この時庄二は死亡している)と言った良子の台詞は、後のシーンで長男・利一が新幹線の窓からビルの間に見え隠れする東京タワーに「見える。見えない。見える。見えない」と無邪気に呟く台詞と呼応している。
置き去りにしてきた良子がずっと自分を見ているのではないかという宗吉を責め苛む妄想は、この犯罪がいずれは露見するに違いないという小心者ゆえの強い予知不安でもあろう。
そもそも冒頭近く、菊代が自宅からも消えていることを知った帰り、子供らを連れて立ち寄った遊園地の歪んだ鏡に映った己と子の姿に、ふいを打たれたような表情になる宗吉には、今後の悲惨なシナリオが既に予見されていたのではないだろうか。
死を別のかたちで飲みこもうとする宗吉
庄二が亡くなるまでの間、子供の世話を放棄しているお梅に代わって、宗吉はおむつ替えや洗濯、幼な子の食事作りに追われている。それも、庄二が医者から栄養失調と診断されたからだ。医者に自覚を促されて一時は親らしく振る舞ったものの、結果的には死に追いやったかたちになった夜、お梅に「助かったろ?ひとつだけ気が楽になってさ」と身も蓋もない言い方で図星を指され、罪悪感から逃れようとするかのようにセックスに傾れ込む場面は凄まじい。
「子供を死なせた夜にセックスとはまさに鬼畜」と言いたくなるが、オーガズムを迎えた後の眠りがフランスでは「petit mort(小さな死)」と言われるように、この二人は無意識のうちに、庄二の死を別のかたちで飲みこもうしている、と見ることもできる。
それでも抑圧された罪の意識が心を苛むさまは、押入れの中から聞こえてくる庄二のオルゴールの音に、夫婦が恐慌をきたす場面に現れている。