1980年代後半、雑誌『SWITCH』の編集者として出発した彼は後に作家へ転身し、複数の小説、訳書、ノンフィクションを著わした。世界中を訪ね歩くトラベリストでもあり、紀行文の名手でもあった。
しかし彼は2012年、51歳という若さで亡くなってしまった。直接的な死因こそ公にされていないものの、晩年は難病に苦しんでいたようでもある。
亡くなった際、彼は小学館の月刊文芸誌『きらら』に2005年から2年かけて連載した長編小説の手直しをしている最中だった。完結こそしていたものの、出版に際した改稿作業は永遠に途絶してしまった。
悲運の作家が遺し、連載終了後は凍結状態にあった小説。それが2022年、実に15年の歳月を経て、単行本化に至った。タイトルは『ボイジャーに伝えて』(風鯨社)である。
「ボイジャーのゴールデンレコード」
ボイジャーは1977年に打ち上げられた2機の宇宙探査機を指す。それらに「ボイジャーのゴールデンレコード」と呼ばれる記憶媒体が搭載されていたことは非常に有名だ。レコードには地球の風景を捉えた画像や自然音、55の言語での挨拶などが収録されていた。現在ボイジャーは地球から200億キロメートル以上も離れた宇宙を航行している。想像するのが難しい距離ではあるものの、未だ太陽系を離脱したわけではないらしく、近傍の恒星系へ到達するには数万年の月日を要するようである。
本作はボイジャーへの強い想いから出発する一冊だ。主人公である男女の生年月日はそれぞれ、ボイジャー1号、2号の打ち上げ日に設定されている。物語は2000年代前半を舞台に、彼らの視点が随所で切り替わり、更に過去回想を交える形で展開する。
彼らの関係性は恋人同士のそれと言って間違いないだろう。とはいえ、本作は単純明快な恋愛小説ではないし、起伏の激しいエンターテイメントでもない。作中の多くを占めるのは登場人物の思弁だ。そしてその思弁には、作者本人の考え方、世界観と通底していると思われる迫力と深みがある。
主たるテーマは生命……死生観である。登場人物は頻繁に生と死の緊密な関係性について思いを馳せる。その心理描写は、いっそ恐ろしいほどに純朴だ。彼らは生と死の両方に魅入られているように思われる。
本作の主張において、生死は決して対極にあるものではない。むしろ生は死に、死は生に溶け込んでいるというのが登場人物および、作者自身の主張であると思える。