また、館内には1〜5階を一直線につなぐナナメ階段があり、患者は窓から景色を眺めたり、リハビリに使用したりしている。こちらも、「まち」への意識を誘う、病院のシンボルといえる。
ナナメ階段。上階からは街を一望できる
病棟はスタッフステーションを廃止
階段を登り病棟に上がると、そこにも病院らしからぬ空間が広がっていた。医者や看護師をはじめとしたスタッフの執務スペースと、入院患者が過ごすエリアとの垣根がないのだ。内の間 /「おうちにかえろう。病院」 提供
従来型のスタッフステーションはつくらず、患者との憩いの空間である通称「内の間」に。逆に、患者の憩いの場であるデイコーナーは、作業カウンターやベンチが設置され、スタッフも作業できる空間「外の間」とした。オープンな空間でコミュニケーションを促進する狙いがある。
スタッフがiPadをつかって作業をしている横で、患者が一息ついている。ときには会話も生まれる。そんな光景が日常だ。
外の間 /「おうちにかえろう。病院」 提供
「壁の色を変えることで、空間の中の濃淡も意図的につくりました。濃い緑の壁を“陰の壁”として、一人で物思いにふけることのできる、落ち着ける空間に。一方で“陽の壁”は、装飾したり花をいけたりすることもでき、会話が生まれやすい空間になっています」
「陰の壁」のあるスペース /「おうちにかえろう。病院」 提供
安井によると、この空間設計は医療者側の意識を変えるための施策でもある。
「医療界では医者の指示通りに看護師が動くという慣習があり、それが身についているスタッフが多い。ただ、我々が取り組んでいる意思決定支援や退院支援においては、患者さんの話を聞きながら全職種で話し合ってベストな選択肢を出すことが大切なんです。そのため白衣などは着ず、スタッフの制服はすべての職種で統一しています」
さらに、5階のオフィスも円形テーブルが並ぶフリーアドレス型で、職種に関係なくチームでコミュニケーションできるように工夫をしている。
「帰りたい」という気持ちを高める場所
患者の「おうちにかえろう。病院」の滞在日数は、平均で30日(最大60日まで)。治療を続けながら、スタッフとの関わりの中で少しずつ「帰りたい」という気持ちを高め、家族や地域の介護者との連携をとりながら準備をして、⾃宅へと退院していく。実際に、急性期病院で「もう施設しかありません」と⾔われていた患者が、諦めきれずに転院してきて、結果的に自宅に戻れたケースもあった。
「患者さんのご家族から、『前の病院ではごはんを食べなかったし、ベッドの上で寝たきりだったおじいちゃんが、この病院に来たら元気になってごはんを食べるようになった。だから家に連れて帰ります』と言っていただいたことがありました。病院側が期限を決めて追い出すのではなく、ご本人やご家族が『帰ろう』と思ってくださる状況がつくれるのが、一番のやりがいですね」
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