2023.01.22

勤続50年超、ラッフルズホテルを知り尽くす83歳の「歴史家」

ラッフルズ・シンガポールの「歴史家」レスリー・ダンカー氏

再度国境が開き、世界各地で人の往来がスタートした。海外からの観光客を受け入れる中、人不足が深刻な問題になっている。どんなに優秀なスタッフを揃えても、急増したゲストへの対応が追いつかない……そんな悩みをどこも抱えている。

ホテルでゆったりと過ごしたい、というゲストの希望にどうしたら応えることができるか。

シンガポールに、意外な方法で解決法を示しているホテルがある。それが、1887年開業、「ヒストリックホテル」と呼ばれる歴史的建造物を生かした、ラッフルズ・シンガポールだ。



2017年から2年間にわたる大規模なリノベーションを行った同ホテルは、2019年8月に再オープン。そこには、新しくなったホテルと「過去」をつなぎ、ゆるやかな時間の流れをゲストにもたらすキーパーソンがいる。

「歴史家」の肩書きで働く、1939年生まれのスタッフ、レスリー・ダンカー氏。

ホテルのそばで生まれ育ち、通学の際に毎日目にしていたラッフルズホテルに憧れ、介護施設の職員を経て、1972年、33歳で就職。ゲストリレーションズの部門で働きながら、ホテルに関する資料を集めて学び、1987年にオーナーが変わった際には、ホテルの歴史を深く知っていることから、スタッフ全員が解雇された中、唯一再雇用されたという。

ホテルは2005年に「歴史家」という肩書を与えただけでなく、2020年には、「ア・ライフ・インタートワインド:偶然の歴史案内人によるラッフルズ回想録」という本も出版。ホテル内のギフトショップなどで、も販売している。歴史あるホテルだからこその強みを積極的に発信する中、ダンカー氏は定年後も、その水先案内人としての役割を果たしている。



「歴史家」ダンカー氏の主な仕事は、ホテル内の歴史ツアーだ。宿泊したゲストは、事前に予約すれば誰でも参加することができる。約1時間のツアーは11時にロビーでスタート。ダンカー氏が開業当初の新聞のコピーや改築の際に地下から発見された陶片、海だった証拠に出てきた砂など、長年の調査が生きたファイルを手に、創設からの歴史を語る。

「まだ目の前が海だった時代、サーカスから逃げ出した虎がホテルのバーの軒先で休んでいた」など、すっかり都市化した今と全く違う往時のシンガポールに思いを馳せた後、ホテル内を案内してもらえる。

概ね決まったルートはあるものの、どんな場所が見たいか、リクエストも聞いてもらえる。ホテルは何度か増築されている上、大小のリノベーションを繰り返しているが、どの部分がいつ建てられたかを尋ねても明確な返事が返ってくる。

「例えば、1989年と1994年に建てられた建物の違いは、柱の上部のデザインでもわかるんです」と、ちょっといたずらっぽい顔で秘密を教えてくれた。どんなマニアックな質問でも、答えはここで50年という月日を過ごしてきたダンカー氏の頭の中にある。
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文・写真=仲山 今日子

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