「56日間」キャサリン・ライアン・ハワード
キャサリン・ライアン・ハワード「56日間」(C)新潮文庫
もしこの先、COVID-19がはびこる現在の疫禍が去ったとして、恋人たちは男女が互いに触れ合うことすら躊躇されるいまの時代をどうふり返るのだろう。ふとそんなことを考えさせられてしまうのが、キャサリン・ライアン・ハワードの「56日間」(髙山祥子訳・新潮文庫)である。巻末の「著者の覚書」によれば、ロックダウンとなった地元ダブリン市内の家に籠り、本作の構想を得たという。
新型コロナウィルスが猛威をふるうなか、オリバーとキアラは街中で出会った。若い男女の仲はみるみる接近し、彼の部屋で共同生活が始まるまで時間はかからなかった。しかし、住まいの共同住宅で火災警報が鳴り響いた晩、その関係に綻びが生じる。不信感という名の亀裂が、やがて予期せぬ事態を招き、2人を呑み込んでいく。
物語は2つのパートが交互する形で進められる。前述のロマンス小説さながらの男女の物語と並行して語られるのは、共同住宅の一室で見つかった死体をめぐる警察の捜査活動で、タイトルは2人の出会いから死体発見までの日数を表している。
時系列を行き来しながら悲劇へのカウントダウンが進むなか、やがて待ち受ける真相には、読者の誰もが息を呑むだろう。読み終えた後に、罪を贖うことの難しさという社会派のテーマがつき刺さるという点でも必読の1冊だ。
「このやさしき大地」ウィリアム・ケント・クルーガー
ウィリアム・ケント・クルーガー「このやさしき大地」(C)早川書房
ウィリアム・ケント・クルーガーは、ワイオミング州の猟区管理官ピケット・シリーズでお馴染みのC・J・ボックスと並ぶローカル色豊かなアメリカン・ミステリの書き手だ。
ミネソタを舞台に元保安官のコーク・オコーナーが活躍する作品の数々の他に、エドガー賞に輝く「ありふれた祈り」が代表作として知られる。その姉妹編としての構想からスタートしたのが、「このやさしき大地」(宇佐川晶子訳・早川書房)だという。
2つの世界大戦に挟まれた1930年代初頭のミネソタ。田舎町にある救護院から、オディとアルバートの兄弟が逃げ出した。女院長の虐待に耐えかねた2人は、スー族の少年モーズと共に、竜巻で母親を失った幼いエミーを連れ、ミシシッピ川へと向かう川下りの長い旅に出る。めざすは、オディの叔母が住む彼方の都会セントポール、しかし前途には幾多の困難と試練が待ち受けていた。
解説にもあるように、作者は散々な産みの苦しみを味わったそうだが、第二次世界大戦の後遺症をひきずる1950年代の物語という当初の構想は、少年たちが自分たちの居場所(ホーム)を求め、旅をする物語へと形を変えたようだ。
アメリカ文学の源流と言われるマーク・トウェインの「ハックリベリー・フィンの冒険」を再話する目論見は、感受性豊かな成長の物語として実を結んでいるが、一方、大恐慌がもたらした絶望の時代をとらえた別側面にも、確かな読み応えがある。