11月23日午後10時過ぎ、警官の当直室に掲げられたパネルのディスプレーに県警本部から、「110番入電」の連絡が映し出された。そして瞬く間に、連絡は次々に「続報」という形で積み重なり、ディスプレーはすぐに表示で一杯になった。110番をかけてきた場所はバラバラだったが、通報の内容は似ていた。
「マンションの隣の部屋から悲鳴が聞こえた」「通行人が奇声を上げている」。通報してきた人は口々に、凶悪事件の発生を懸念したという。通報してきた人たちはお年寄りが多いようだったという。
原因は、日本代表の前田大然選手が放ったシュートだった。ドイツ戦の前半8分、前田選手のシュートは惜しくもオフサイドの判定。日本中から悲鳴が上がったからだ。警察署から飛び出した警官たちが現場に急行すると、バツの悪い表情を浮かべた人々が恐縮しながら、「すみません、つい大声を出してしまいました」と謝った。
みな、試合を早く見たいので、警官たちに反発することもなく、丁寧に、しかし、素早く謝った。110番通報は後半30分に堂安律選手が同点ゴール、同38分に浅野拓磨選手が逆転ゴールを決めるたびに、繰り返されたという。
そして、東京や大阪の警官たちにはもう一つの仕事が待っていた。東京・渋谷や大阪・道頓堀での雑踏警備だ。日本勝利に喜んだ人々が街に飛び出してきたからだ。
最近は韓国・梨泰院で大規模な雑踏事故が発生したこともあり、警察関係者の緊張はいつにも増して高い。警察関係者らによれば、雑踏警備にはいくつかの要諦がある。人が流れるように往路と復路を別々に確保したり、密集しないように適度に人流を固まりごとに遮断したりする。
そこで、大事なのは「人々を興奮させないこと」だ。今回のW杯でも、モロッコ代表にベルギー代表が敗れると、同国の首都・ブリュッセルで暴動が起きた。人々が興奮して、警察や警備会社の言うことを聞かなくなると、雑踏警備は崩壊する。