北欧フィンランド全国民向けAI無料講座が成功した理由

ヘルシンキ中央図書館(Oodi)の1階エントランス近くのスペースでチェスをする人々。

コロナ禍では、日本の社会のデジタル化の遅れが顕在化したが、社会のデジタル化は「どのような社会をつくりたいのか」というビジョンに直結する。

教育と福祉で有名な国、北欧のフィンランドでの現地取材と有識者インタビューをもとに、前編・後編にわたって、デジタル化の取り組みと、その背景や目的について紹介したい。


フィンランドのミッケリという地方の小さな街に住む57歳の女性歯科医師、ヤンナ・パルタネンさんは、AI(人工知能)について、全く知識はなかったが、メディアでよく報道される機械学習やニューラルネットワークといった言葉は一体どんなものだろう、と好奇心を持っていた。

そこで受講したのが、ヘルシンキ大学とリアクターというフィンランドのテクノロジー企業が提供する、全国民向けの無料オンラインAI講座「Elements of AI」だ。彼女にとって、コースは非常に興味深く、当時メディアでよく流布していた、世界を破滅に導いたり、人間から仕事を奪うといったおどろおどろしいロボットではないことが分かった。

修了後、彼女は自身が学んだことにとても満足し、患者のカルテや、歯科矯正の治療など、自身の仕事に生かそうと考えているという。

AIを民主化する


「2017年の『Elements of AI』の構想当初は、ほかにもよくあるオンライン講座のように、すでにある程度テクノロジーの知識がある人向けのものを考えていました」

Elements of AIの開発に携わったリアクターの新規ビジネス担当で、運営会社MinnaLearn共同創業者のヴィーヴィ・ピトカネンはそう話す。

「ですが、ヘルシンキ大学とリアクターの共同開発チームで議論していて、AIは電気のように、私たちの生活すべてにインパクトを与えるものであり、飛躍的に便利にしてくれるとても重要で、力があるもの。だからこそ、一部のエリートプログラマーだけではなく、すべての人のためのものである必要がある、という結論に達したんです」

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MinnaLearn共同創設者、ヴィーヴィ・ピトカネン

当時、フィンランド政府も、国民向けのデジタル教育の機会を模索していた。そこで、ヘルシンキ大学のコンピュータサイエンス学科で最も人気があったテーム・ルース教授のAI入門の講義をベースに、すべての人向けへのオンラインコースを開発、2018年5月にローンチした。

すべての人を対象とするため、無料であることは重要だった。また、マーケティングも重視し、目標はフィンランドの全国民550万人の1%に受講してもらうこととし、ユーザーフレンドリーな設計やデザイン、コース内容にこだわった。コースを修了すると、ヘルシンキ大学から2単位をもらえ(単位取得も無料)、さらにその単位はヨーロッパの大学の単位互換システム(ECTS)にも対応している、本格的なものだ。

コースは「機械学習」や「ニューラルネットワーク」などAIの基本を学べる「Introduction to AI」と、 プログラミングなどを学ぶより実践的な「Building of AI」のふたつから成り、テキスト、エクササイズ(演習)、エッセイ(小論文)の3つの要素で構成されている。おおよそ20〜60時間で修了することができるコース設計で、基本的には、1人で空き時間に受講することができるが、エッセイなどは、参加者が相互にフィードバックする評価システムがユニークだ。

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「Elements of AI」の基礎コース「Introduction to AI」のコース画面。英語でよければ日本人が日本からも受講可能。
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編集=岩坪文子 取材協力=フィンランド大使館、柴山由理子

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