研修会直前の4月、押富さんを見舞ったメル友は、理学療法士と楽しそうに雑談する姿にあっけに取られた。実際に会うのは初めてだったのに、話す内容の8割程度は理解できたという。
このころ押富さんは、自身の会話力について初めてブログでつづっている。
「声』というにはちょっと申し訳ないくらいですが、『音』というには十分な発声ができます。
だから、ちょっとしたコトは『声』でコミュニケーションがとれるのです。
ただ、「正面から口の動きを見つつ、耳をすますと…」
これが私と声でコミュニケーションをとる条件です。
面と向かった会話しかできませんが、日常生活には不自由はそんなに感じません。
なんで、声が出るのか?
私にも分かりません…
口の中に空気をためて、舌で音を作っているような感覚です。
そんなこと言ってもわからないですよね…
「正面で口の動きを見つつ、耳を澄ませる」と書いているように、音量も明瞭度もまだまだ不完全。のどから絞り出すような金属的な声で、初期のころは「パソコン」と言ったつもりが「ばんそうこう」と聞こえたりした。それでも、卒後研修会を皮切りに講演の機会を重ねる中で、進化を遂げていったようだ。
押富流・奇跡の「話すコツ」
「話す力」を取り戻した押富さん=2019年の第3回ごちゃまぜ運動会で
研修会の講演に協力した専門学校時代の恩師・石本馨さんは「事前にお見舞いに行ったときは、小さな声で、何度も聞き直さなくてはいけなかったので、パワーポイントで字幕を付けて話すことを提案しました」と振り返る。
しかし、その後も介助者としてたびたび講演に同行する中で、成長に驚かされた。「努力の積み重ねが彼女の声を大きくして、聴衆の心をつかんでいったようです。彼女の行動は私の提案のはるか上を行っていました」。
私が知り合った2019年の段階では、押富さんの講演は字幕なしでほぼ聞き取れるレベルだったし、電動車いすの彼女の横を歩いていても、自然に会話できた。YouTubeに押富さんの講演を載せているので、関心があれば確かめてほしい。「押富俊恵」で検索すれば見つかる。(動画はこちら)
押富さんが体験したことを他の患者にも応用できるなら、医療の常識が覆されるが、どうもかなり稀有な例だったようだ。