なぜ日本の賃金は上がらないのか

伊藤隆敏の格物致知


第二の仮説では、労働者の低賃金は低生産性を反映していると考える。低生産性の理由はいくつか考えられる。最大の要因は、日本の大企業が、海外での生産子会社(工場建設)や、海外での販売子会社を積極的に展開してきたことにある。新規の設備投資は海外のほうが多くなっている。そうすると新規投資で可能となる生産現場の生産性向上も海外のほうが大きい。人口減少や所得(賃金)の停滞を考えると国内のマーケットは縮小するので、投資を控え、国内の労働生産性は低迷する。

第三の説明は、すべての産業でデジタル化、IT化が進展するなかで、IT人材を育成することを、大学も産業界も怠ってしまったことがあげられる。(海外に比べて)高齢な日本の経営者が、デジタル化のポテンシャルを見抜けなかったこともある。さまざまな分野でIT化を取り入れる必要があるなかで、旧態依然のタコツボ的学部制度に縛られた日本の大学では、基礎研究はおろか、複数分野を同時に学習・研究することが難しい。海外の大学との交換留学制度の利用も、海外の先進国にははるかに及ばない。

第四に、それでも日本には優秀な、国際人材は出てくるのだが、年功序列の昇進、給与体系に縛られる日本企業は、そうした人材を生かしきれず、(外資系あるいは)海外への頭脳流出につながることも多い。

このように考えると、上がらない日本の賃金問題の根は深い。理由がわかれば解決策は見えてくるが、その実行には、産業界の大きな決断とそれを支持する政治力が必要だ。

伊藤隆敏◎コロンビア大学教授・政策研究大学院大学客員教授。一橋大学経済学部卒業、ハーバード大学経済学博士(Ph.D取得)。1991年一橋大学教授、2002〜14年東京大学教授。近著に、『Managing CurrencyRisk』(共著、2019年度・第62回日経・経済図書文化賞受賞)、『The Japanese Economy』(2ndEdition、共著)。

文=伊藤隆敏

この記事は 「Forbes JAPAN No.097 2022年9月号(2022/7/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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