そもそも物価が安くなることは、生活費が安くなるからよいことではないか、という考えもあるかもしれない。しかし、外国に比べてどんどん日本の(為替レート調整後の)物価が安くなっていくのは、実は日本経済の構造的な問題を示唆している。物価(モノ、サービス、家賃)が安い、ということは、高い値段を払う日本人が減ってきているということだ。つまり消費財の需要が弱い。そして、それは労働者には、「これまで賃金が上がってこなかった、これからも上がらないだろう」という諦めしかないことの表れだ。
日本の実質賃金指数(全産業、現金給与額平均、年度平均)は、1996年にピークを打ち、それ以降は漸減している。2001年度には、97年のレベルまで落ちてきている。もちろん、最近10年は、低賃金の非正規労働者数が増加してきているので、「平均」が下がる原因になっている、という指摘は正しいが、その貢献度は一時的であり、それほど大きくない。正規労働者の賃金がそもそも上がっていないのだ。
経済協力開発機構(OECD)によると、日本の平均賃金(PPP為替レートで換算比較)のランクは、世界12位(1990年)、17位(2000年)、21位(2010年)、22位(2020年)と急落してきた。2020年では、欧米の先進国のみならず、韓国、スロベニアよりも下位に甘んじている。この30年間で賃金に関しては、日本は新興市場国のレベルに成り下がったといえる。
では、なぜ日本の賃金は上がらないのか。理由はいくつか考えられる。第一の仮説は、賃金交渉力がないために労働者は不当に安い賃金で働かされているという仮説である。上場企業の3分の1は史上最高益を上げているのに、賃金は引き上げが最大でも3%という現状はおかしい。雇用重視で賃上げを要求しない弱腰の労働組合の交渉力は弱く、大企業においても大幅な賃金上昇が実現してこなかった。もしこの仮説が正しければ、最低賃金の大幅な引き上げはもちろんのこと、政府や経団連が音頭をとって、賃上げを実現することが適切になる。