「旧メディア」の重要性を再認識させたラスベガスの記者刺殺事件

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情報源の秘匿か証拠提出か


ところで、予想もしなかった事件は、さらに予想もしない複雑さをはらんでいることがわかった。

無事に起訴は終わったものの、目撃者もいないことから、検察としては公判で陪審員にこの被告人が真犯人として間違いないと確信させるだけの証拠を集めなければならないと必死だった。そのため、死亡するまでのギヤマン記者の取材内容を調べようとしたのだ。

しかし、それまで犯人を捕まえるために全面的に警察と検察に協力してきたラスベガス・レビュー・ジャーナルもここで、大きく急ブレーキをかけることになる。

ギヤマン記者の携帯電話やパソコンやメモノートが捜査のために提出するとなると、彼が情報を得ていた情報提供者や告発者の名前が明らかになってしまう。さらにギヤマン記者が現在進行形で調べていた、他の悪徳政治家の名前が漏れてしまうことになる。

取材の独立性を保つためでなく、情報源の秘匿を死守しなければ、新聞社の「駆け込み寺」としての信用は一気になくなってしまう。

こうして、テレスを早く有罪にして、できる限りの重い刑にするべしと、連日多くのラスベガス・レビュー・ジャーナルの記者が筆圧強く書き連ねる一方で、別のチームは弁護士と一体になり、裁判所に警察と検察への証拠資料提出を差し止める仮処分の申請に躍起になっている。

長い警察や検察との戦いの末、一旦は仮処分が認められ、いまのところギヤマン記者のパソコンや携帯電話などは新聞社が確保しているが、あくまで仮処分であり、この先、そのまま維持できるかどうかは注目の的となっている。

ちなみに、ギヤマン記者の所有物については、被告人の弁護士も開示請求を出しており、公正な裁判のために、この中身の開示が必要となれば、メディア側の情報源の秘匿もいよいよ危なくなってくる。

世の中は、SNSによるプッシュ型のニュースに溢れ、新聞やテレビ、雑誌などもう不要だという乱暴な意見もよく聞かれるようになったが、今回の事件ほど、伝統的なジャーナリズムでしか果たせない社会での役割があること、またそれは時に命の代償さえ伴う厳しい仕事であることを思い出させられた。

ちなみにギヤマン記者が刺殺されて数週間後、ラスベガスのメガリゾートホテルの1つである「ルクソール」にかつて爆弾を仕掛けて有罪判決を受けた受刑者が、刑務所をまんまと逃げ出すという事件が起こった。

メキシコ人の犯人はメキシコへ移動するバスのチケットを買い、乗車寸前であったが、バス会社の切符売りの若い職員がテレビのニュースで見た犯人の顔を覚えており、警察に電話をして寸でのところで逮捕された。まさに若い職員の機転を利かせたお手柄であった。

警察は、刑務所管理の不手際を市民に詫びるとともに、若い職員に感謝と3万ドル(約450万円)の報奨金を渡し、かつ新聞やテレビなどの昔ながらのメディアに対して公式に感謝を述べるという、とても珍しい記者会見を行った。

連載:ラスベガス発 U.S.A.スプリット通信
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文=長野慶太

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