経済・社会

2022.10.31 18:00

「旧メディア」の重要性を再認識させたラスベガスの記者刺殺事件

Getty Images

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メディアの役割がさまざまに議論されるなか、文字通り言論を封殺しようとする米国報道史上初めての暴挙がラスベガスで起こり、全米でニュースとなっている。

選挙で選ばれるラスベガス(クラーク郡)の「パブリック・アドミニストレーター」という役職がある。日本では聞きなれないものだが、身寄りのない人が死んだときに家族を探し、それまでのあいだ、死亡した人の財産を保護管理する仕事だ。

ところが、このパブリック・アドミニストレーションのオフィスで、セクハラとパワハラを告発する従業員が現れた。従業員はセクハラとパワハラを行っているのが組織トップのアドミニストレーター自身であるので、「正義の味方」である「ラスベガス・レビュー・ジャーナル」という地元新聞に駆け込んだ。

同紙のジェフ・ギヤマン記者は各方面に対して取材を行い、被害者だけでなくアドミニストレーター本人ともインタビューをして、状況証拠は十分と判断してセクハラとパワハラがあったと認定し特ダネとして記事で報じた(本人は認めていない。)

結果として、このアドミニストレーターは世間から大きなバッシングを浴び、選挙で落選してしまうことになった。

記者殺害事件は全米でも13件


ここまでは、アメリカの多くの都市に掃いて捨てるほどある事例であり、それは日本でも同じだと思う。

新聞やテレビなどの伝統的なメディアに国民が期待するのは、ユーチューバーや SNSのインフルエンサーなどが取材で入っていかないところに入っていくことができ、広くて深い取材とともに、裏付け捜査に基づいた国家権力への監視のメスとしてだ。

ところが、あってはならないことが起こった。落選したアドミニストレーターが、この記事を書いたギヤマン記者の家を訪ね、彼を刺殺したのだ。

これまで過去にもラスベガス・レビュー・ジャーナルは、堕落した政治家を記事で告発して何人も落選させ、「罰」を与えてきた。このように腐った政治家たちにお仕置きをする新聞に市民は大きな信頼を寄せ、だからこそ今回も駆け込み寺になったわけだ。

記者刺殺事件の概要は、被害者が殺され、目撃者もなく、被疑者であるアドミニストレーターのロバート・テレスも沈黙を貫いているので、詳細はよくわからない。

しかし、殺害時刻前後のセキュリティーカメラには、大きな麦藁帽子で顔を隠した被疑者のテレスが、ラスベガス・レビュー・ジャーナルのギヤマン記者の自宅に行き、彼の赤い車が近くに停まっているところまで映っている。

ギヤマン記者を襲っている場面の映像はないが、彼が大きな声を上げたのを聞いたという近隣住民の証言がある。そして、なんとギヤマン記者のDNAだと鑑定された血液が、被疑者の靴に付着して自宅のガレージから出てきているので、公判の技術論はともかく、世間一般的にはテレスが真犯人で間違いないという理解だ。

ラスベガス・レビュー・ジャーナル紙の調べでは、アメリカでジャーナリストが誰かの批判記事(批判とはジャーナリズムの本分だと思うのだが)を書いたことで殺害されたケースは2000年からの2022年までで13件しかない。しかも、批判された政治家が自ら記者を刺殺したというケースは空前絶後の話だ。

事件はラスベガスだけにとどまらず、全米のジャーナリストたちをも震撼させ、ニューヨーク・タイムズ紙も一面で取り上げている。
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文=長野慶太

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