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2022.10.02 11:00

静岡の天ぷらの名店 「成生」で繋がる生産者と料理人のバトンリレー


現在ではそうした漁師が8人までに増えたそうだ。残念なことだが、どこの浜でも魚を投げたり蹴ったりして、1本1本を大切に扱わないのが現状だという。一人でも魚の付加価値を上げる漁師が増えれば、漁業の現状も変わってくるだろう。

成生のねたは、もちろん、魚だけではない。志村氏が朝、サスエに魚を買いに行っている間に、店の若い衆は農家を訪ね、畑に入り、野菜を収穫する。

地味豊かな土地で無農薬や減農薬で手をかけて育てられた野菜が美味しいのはもちろん、頃合いのサイズを採れることが、てんぷらにとってはとても重要だからと志村氏は言う。近隣の農家との密接な付き合いがあって初めてできることでもある。

「畑で食べる野菜の味がわからないと本当の料理はできません。皆、それを知らずに創作みたいなことに走っていますが、本来そこで勝負しなければだめなんです」

同時に、高齢化する農家の問題も憂え、自分たちが使うことでなんとか後継者を増やしたいと一生懸命だ。その一環として、栽培している野菜がいかに素晴らしく、特別なものであるかということに気づかせるのも、自分の役目だと思っている。

静岡の天ぷら 成生の内観

例えば、カウンターの半分を東京からのお客様、半分を地元の農家というような日を設けることもある。あたりまえのれんこんだと思っていたものを、県外の人が驚くほど喜んでいるのを見ることで、野菜作りへのプライドを取り戻す。素材の力を最大限に引き出せる、志村氏のテクニックがあってこその、生産者と料理人のバトンリレーだ。

減農薬、無農薬の素晴らしい畑でもなかなか若い人が集まらないなか、喜ばしいことに、後取りが増えた農家が2軒あるそうだ。これも志村氏の力添えが小さくはないだろう。

近年、豊かな食材を求めて、静岡で料理をしたり、居を構えたいという料理人も増えていると聞く。成生に続く、才能ある若手も出始めている。目的地にしたいレストランも、1、2軒しかなければ、客は日帰りで帰ってしまうが、数軒となれば宿泊が必要となる。質の高い宿ができる可能性も出てくる。それは同時に雇用を生むことであり、地方が活性化することでもある。

「静岡にはこんなすごい食材があるんだということを知らしめたくて、前田さんと二人で東京に出ようと鼻息を荒くした時期もありました。でも途中で、静岡に深く根を張って、料理のランクを上げることこそが、全国、引いては海外に、それを知らしめる方法だと気づいたんですね。それが、まさに、自分の転換点だったのだと思います」

静岡 天ぷら 成生の主人・志村剛生氏

こう話す志村氏のミッションは、「外国の職人が、それぞれの国で、地場の素材を揚げるカウンター天ぷらの店ができるようにすること」なのだと言う。

実は、コロナ禍の前に、研修生を求めて海外まで出たこともある。今年の後半からはそうしたことをまた視野に入れて活動をしていきたいと考えているそうだ。一地方からの発信が世界へ。これこそ、究極の地方創生ではないだろうか。

文=小松宏子 写真=升谷玲子

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